111.シンという男 53
アールストーン校外学習では、うまく発動した。
混乱しなかった。
なのに。
今、なぜシンの過去の情景が脳裏に浮かぶのか――。
それがなければ、動揺しないのに。
前は――アールストーン校外学習時の襲撃の際は、そんなこと、なかったのに。
アールストーン校外学習襲撃時との違いがわかず、困惑するフィーナの心情は、マサト――シンにも伝わっていた。
ただ、シンに伝わっていたのは「困惑」の感情だけで、仔細までは伝わっていなかった。
それでシンはフィーナが「実戦」に戸惑っていると解釈した。
フィーナの困惑が。
アールストーン校外学習時は、伴魂の声を「耳」で聞いて対処したのと。
リュカにはどのような魔法が発動するか隠すために、意識下で前詞を唱え――意識下での前詞は、微量ながらも関係する意識が相手に伝わると、シンが知らなかったことに起因した。
氷槍の襲撃を受けたリュカは、霧散した氷霧の先で、姿が見えない。
戸惑うフィーナの新條にシンが気づききれない中。
続けざまにシンが前詞を唱える。
(――『三つ! 光と水と火を用いて三方からなる障壁を成さん! 次なる術を用いて三位一体の了と成す!』)
「っ! 輝流焔から成りし天網!」
前詞に準じて唱えた呪文が――。
一度、発動が成功し、虹色に輝く糸で編まれた網が、霧散した氷霧の中のリュカを捕らえようと展開されたものの――。
リュカを捕らえる前に、光の粒となって霧散した。
「「「!?」」」
その場に居合わせた誰もが驚いた。
フィーナもシン――マサトも、状況を理解しきれない。
アブルード国で、戦場に参加していたマサトも、初めてのことだった。
フィーナも、マサトとの訓練で、魔法が発動しないことはあっても、発動した魔法が無効化した経験は無い。
シンの――マサトの前詞をもって唱えた魔法は、相手を捕縛しようとする魔法だった。
敵対する相手を打破するとなると、命を奪う、抵抗できないほどの傷を負わせることになる。
フィーナには過酷だと判じたマサトが、相手の魔法を無効化し、捕縛できるよう考えた魔法だった。
相手の魔法を無効化し、捕縛するとなると、一つの魔法では対処できない。
そこで考えたのが、いくつかの魔法を経てのものだった。
属性、施行される魔法の有用性を吟味して、3つの魔法をフィーナに訓練させた。
単独でも魔法として活用の場があるものを選定した。
――正直。
アブルード国では使用していなかったので、どれほど有用性があるか、疑問だったが。
ドルジェでの訓練では、疑似敵に「効果あり」との結果となった。
以降、何度か不意を打っても、フィーナは対処できた。
それが――まさかの不発。
光の粒となって霧散した魔法で、氷の霧がリュカの周辺だけ開けた。
それはフィーナとシン――マサトがリュカを目視できると同時に。
リュカも。
フィーナとマサトの居場所を確認できる環境にある状況だった。
フィーナの魔法の氷槍は、攻撃魔法として強力だ。
腹部に傷を負ったリュカは、警戒して二度目の氷槍に対処できたものの、三度目の氷槍に対処できるとは思えなかった。
氷槍は、リュカにはキツい魔法だった。
リュカは、シンとフィーナが何をしようとしているのか、理解しきれなかったが。
霧散する魔法を見て――シンとフィーナの動揺を見て。
その好機を見逃さなかった。
「っ!! フィーナ!」
戸惑い、互いを見つめるシンとフィーナ。
その二人に、リュカの動きに気づいたアルフィードが焦りの声を上げる。




