110.シンという男 52
シンの言葉に、フィーナは何か言いたげな表情を浮かべつつ、うなずいた。
アルフィード救出を最優先とした。
フィーナは横目でアルフィードの体調を伺った。
不調なのだろう。
アルフィードは口元を手で覆い、顔は蒼白だ。
ザイルがアルフィードの側についてる。
姉の状況を確認して――フィーナは思う。
リュカを どう制するか
思いはシンも――マサトも感じたようだった。
シンの考えがフィーナにも伝わる。
(――『訓練通りに――』)
意識下の会話と同時に、脳裏に情景も浮かんだ。
ドルジェ村で何度もシュミレートした、アブルード国者の襲来時対応手段だ。
意識下の声はシンの声で、伝わった情景はドルジェでの過去――幼いフィーナが訓練する様子だった――。
過去の自分を、他人目線で本人が見る状況に戸惑いながらも、同時に、シン=マサトとの確信が深まる。
マサトから学んだアブルード国の魔法は、サヴィス王国の魔法と異なる。
サヴィス王国の魔法の基本は、主が前詞を唱えて伴魂を介し、呪文を唱えて発動する。
熟練すれば、呪文のみで発動する。
対して、フィーナがマサトと訓練したアブルード国の魔法は、少々勝手が違っていた。
意識下のやりとりで発動させる魔法を確定し、前詞を伴魂が意識下、もしくは発声で唱え、呪文を主が唱えて発動する。
『俺のも、向こうじゃ変わってんだけどな』
マサトは苦笑交じりに告げていた。
ドルジェでの訓練で、フィーナはマサトが唱える前詞に反射的に対応できるようたたき込まれた。
(――わかった)
フィーナは意識下で返答すると、リュカを注視しつつ指示を待った。
手負いのリュカは、これまでのような動きはできないだろう。
「――だったら? 引いてくれんの?」
シンが「神従魔」と告げたリュカに、皮肉混じりに告げる。
リュカは痛みを我慢しつつ、口の端をわずかに持ち上げた。
「まさか。マイ・マスターと共に、グランド・マスターへの手土産ができたと――喜んだ所ですよ!」
言いながら、リュカは剣を振りかぶってフィーナに向かう。
フィーナは身構えていたものの、恐れが先立って体が硬直した。
そこへ、意識下にシンの声が聞こえた。
(――『一つ! 汝が愛しむ者に加護を! 絢爛なる防壁を彼の者に!』)
「堅強なる戦神の盾!」
聞こえたシンの声に次いで、反射的に呪文を唱える。
フィーナの目の前に、身の丈ほどの白い光を放つ盾が出現した。
それと同時に、ガキ、と鈍い金属音が響く。
リュカの剣戟は、出現した光の盾に防がれた。
一閃を防がれたリュカは舌打ちすると、後方に跳び下がった。
(――『二つ! 深淵に住まいし海原の王、汝が眠りに安寧を! 阻害する者に氷玲の戟形を!』)
「深間に抗いし神韻氷槍!」
そのリュカへ、シンはたたみかけるように前詞を唱える。
フィーナも反射的に呪文を唱え、発動させた。
腕を横薙いだ動きに伴って、無数の氷の槍が出現する。
氷槍は容赦なくリュカへと降り注ぐ。
これまで幾度となく、訓練でこなしてきたが、実戦は初めてだ。
――いや。
アールストーン校外学習で、ニックと対峙した時、一度成功している。
あの時は、カイルを守らないとの意識が強かった。
あの時は、マサトは前詞を声に出していた。
声を聞いて、がむしゃらに応じていた。
人を守る意識と、自分を守らなければとでは、若干、戦闘への思いが異なる。
今は自分の身を守る意識と――。
前詞を意識下で唱えるシンの声に、彼が過去経験しただろう、戦場の記憶の一端が紛れて、それがフィーナを動揺させた。
アールストーン校外学習で、ニックの捕獲に成功したから、今回もリュカの捕獲できるのではと思っていた。
シンの――マサトの戦場での凄惨な記憶が、心構えができていなかったフィーナに、容赦なく襲いかかる。




