103.シンという男 45
フィーナの不機嫌を、リュカも感じとった。
嬉々とした表情が怪訝なものに変化する。
「それは……考え方によるかと思いますが」
「――そうね」
リュカの言うとおりだ。
アブルード国の生活を受け入れ、満喫できれば、裕福な生活が保証されるだろう。
(だけど)
アルフィードの嫌がりようから察するに、姉は辛い何かを強いられた。
「儀式」がそれなのだろう。
我慢強い姉が、激しく拒むのだ。
それを強いるアブルード国で、姉が幸せに過ごせるとは思えない。
「でも……ごめんなさい。
私もそのつもりはないの」
言って、フィーナは剣を握りしめてリュカに構えた。
(――「マサト!!」)
マサトの気配が近い。
すぐ側まで来ている。
そう見越して告げた言葉だった。
リュカに剣を構える最中、フィーナの視界がふっと陰った。
やっと来た。
そう思ったフィーナだったが。
フィーナをかばうように目の前に立ったのは、シンだった。
◇◇ ◇◇
「おま……っ! ふざ、けんなよ……っ。
まだ、終わって、ねーだろが……っ!」
馬を調達して追いついたのだろう。
見えるところに馬の姿はないが、いななきは聞こえる。
走ったのだろう。
ゼーゼーと息を切らせ、リュカに文句を言う。
マサトがようやく来たと思ったのに、到着したのはシンだった。
そう理解したと同時に、フィーナは激しい苛立ちにかられて、目の前のシンの背をたたいていた。
「邪魔っ! どいてっ!」
「痛っ!
何すんだよ!」
「邪魔だって言ってるの!
見えないからどいて!」
「お前が敵う相手じゃねーよ!
いいから引っ込んでろ!」
「けど、さっき押されてたじゃない!
私だってマサトが――伴魂が居れば、どうにかできるから、多分!」
「多分って……そっちこそ確証ねーだろ!
俺が苦戦してんだから、お前なんて無理に決まってる!」
「うるさいうるさいうるさいっ!
マサトが居れば、どうにかできるもの!
近くに来てるし、魔法も多分使えるし!
これまでも大丈夫だったもの!」
「次元が違うんだよ、こいつは――……っ!」
「内輪もめも結構ですが……」
やいのやいの言い争うシンとフィーナを、リュカが眺めて様子を見ていた。
とりとめがないと判断し、つぶやいてシンとフィーナを値踏みする。
どちらから仕掛けるか。
数秒の逡巡の後、弱い方を対象とした。
――フィーナへ。
「「――――っ!?」」
不意を打って、フィーナに斬りかかるリュカ。
フィーナが反射的に構えた剣はそのままで、間に居たシンがリュカの剣を受けて凌いだ。
リュカの剣戟に押されて、シンは後方へ数歩、飛ばされる。
足を滑らせて体勢を崩さずないようにしたが、後方側に居たフィーナには衝突してしまう。
フィーナも状況を理解しているので、衝突したシンに防いでくれた文句は言えない。
――防いでくれた文句は言わないが。
「邪魔って言ってんでしょ、どいてっ!!」
シンがかばおうとしてくれるのはわかる。
わかるが、思うように動けないのが歯がゆくて仕方ない。
 




