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猫と月の夜想曲~猫に転生した異世界転生者は脇役です~  作者: 高月 すい
第二章 セクルト貴院校
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27.宮廷薬草園【前編】


 その場所にたどり着いたフィーナは、口をポカンと開けて上空を仰ぎ見た。


 教室がある建物を出て、いくつかの庭園と建築物を通って、サリアの案内で目的の場所へとたどり着いた。


 目の前には空高く、透明の壁が空に向かってそびえたっている。四角い硝子の四方を鉄枠で囲み、その硝子板が連なる壁や天井とした建物は、セクルトの別館一つと大差ない規模を有している。


 下手をすれば小児校、中児校ほどの大きさを有している建築物を、フィーナはしばらく呆然と仰ぎ見ていた。


「フィーナ?」


 先に建築物内に入って、中の管理者とやりとりをして入室許可を得て戻って来たサリアが、口を開けて建物を見上げるフィーナに、怪訝そうな声をかけた。


 サリアの声にはっと我に返ったフィーナは、呼ぶ彼女の元へと足を向ける。


 フィーナの腕には白の伴魂が抱かれていた。今日の訪問の話を聞くと興味をもったらしく、『同行したい』と志願してきたのだ。断る理由もなく、フィーナは授業を終えた後、途中で合流した自身の伴魂を抱きかかえて目的の建物へと足を向けた。


 宮廷薬草園。


 温室という、透明な壁、透明な天井の造りの建築物に、フィーナは圧倒された。


 温室自体は小児校、中児校の図書館で目にした書物で存在を知っていたが、実物は初めて目にする。


 サリアに続いて室内に足を踏み入れたフィーナは、更に驚きを深くした。


 むわ、と籠る熱気にあてられる。植物の青臭さを含んだ熱気に、思わず顔をしかめてしまうが、それも少しの間のことだった。


 慣れるとそれほど気にならない。外気より室内の方がいくらか温度が高いようだが、慣れれば不快さは感じなくなった。


「ようこそ。宮廷薬草園へ」


 出迎えてくれたのは、老齢の、白髪混じりの頭髪と、同じく白髪交じりの口髭を持った男性だった。穏やかに微笑む男性に、フィーナは自身の名を告げて簡略の挨拶を送った。男性も応じて簡略の挨拶を返す。


「王女様からお話はお伺いしております。どうぞ、お好きなように御賢覧くださいませ。お聞きになりたいことがあれば、何なりとお申し付けください」


 言われて、フィーナは了承の返事をした。


『――思ってたよりすごいな』


「――ホント。こんなに大きくて広いなんて、思ってなかった」


 腕に抱いた伴魂と、こそこそと話をする。


 ――成績優秀なら、宮廷薬草園の入園許可証を取り付ける。


 そう告げたオリビアに「まずは宮廷薬草園がどういったところか、一度見てみたい」と話した所からの、今回の薬草園訪問となった。


 セクルト貴院校の地理には不確かだったので、同室のサリアに案内や手続きをお願いしていた次第だ。


 サリアも宮廷薬草園に興味があったようで、同行者として一緒に薬草園を訪れている。


 フィーナとサリアを出迎えてくれた老齢の男性は、バルートと名乗った。薬草園の管理者とのことだ。薬草園は十数名の薬剤師が管理している。薬草によっては毒を有するものもあるので、薬剤師が剪定作業を行うなど、庭師の仕事も担っていた。


 庭園の簡単な概要を聞いたあと、フィーナとサリアは連れだって庭園内を散策した。


 ドルジェで見たことのない薬草が数多くあり、珍しい薬草を目にするたびに、フィーナは歓喜の声を上げた。薬草に詳しくないサリアは、顔を輝かせて説明するフィーナの聞き役に徹する状況となっていた。


 しばらく見て回っていたところ、「あ」と何かに気付いたフィーナが、管理人のバルートに頼んで、いくつかの薬草を摘み取ると、その場を離れて、管理室側に有る部屋で何やら作業を始めた。


 サリアはフィーナに言われるまま、庭園に設えた東屋で休憩をとっていた。四方の柱の上に屋根を配した建物の内部には、円卓とそれを囲う椅子が数脚配されている。


 そこでサリアが待っていると、ポットとカップを乗せたトレイを持って、フィーナが戻って来た。そして東屋でサリアにお茶を振舞う。


 礼を告げて口をつけようとしたサリアは、カップから漂う香りにふと、手を止めた。色から見て紅茶かと思っていたのだが、柑橘系の爽やかな香りと、苺の甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった。


「これって――」


「薬茶。薬草を使ったお茶なの。薬草だけだと飲みにくいから、乾燥させた果物も使って飲みやすくしてるの。私、これが好きでね。はぁ。久しぶりに飲めた~」


 口をつけたフィーナは満足げな表情を浮かべて吐息をついている。


 薬草園見学を申し出た時、もしかしたら薬茶に使っていた薬草があるかもと考えていた。


 目当ての薬草があれば、薬茶を作りたいとオリビアには話していて、バルートにも話を通してあった。バルートも興味を持ったようで、材料と道具を揃えてくれた代わりに、彼にもお茶を所望された。フィーナは二つ返事で彼の要望に答えた。


 薬草を煎じて作ったお茶=苦いお茶。


 そうした認識しかないサリアは、おそるおそる振舞われたお茶を口にした。


「――苦くない」


 甘酸っぱい香りがするが、飲み心地はすっきり爽やかだ。それでいてほっとするような、体の余計な力が抜ける心地よさがあった。


「疲労回復効果もあるんだ。夜にはまた別の薬茶煎れてあげるね。そっちは快眠効果があるから、ぐっすり眠れるようになるよ。……気を張りすぎないようにするのが、一番なんだけど。……あ。苦手だったら無理しなくていいから」


 慌てて付け足すフィーナに、サリアは目をしばたたせた。


「……気付いてたの?」


「……遅くまで勉強してるなってことと、あまり眠れてなさそうってことは」


 言いにくそうに告げるフィーナに、サリアは観念してため息をついた。


「気付かれてないと思ってたんだけど」


 苦笑交じりに告げると、サリアはため息をついた。


「情けない話、授業についていけてないの」


 サリアの話によると、これまで学んできた小児校、中児校と授業スタイルがまるで違うのだと言う。


 理解できない箇所があって教師に尋ねても、説明を受けても理解できず、理解できないことが理解できないまま先に進んでしまい、さらにわからない状況になっているのだそうだ。


 そうした状況なので、小テストの成績も芳しくなく、サリアは一人、危機感を募らせていた。


 話を聞いたフィーナは「……ごめんなさい」としょんぼりとつぶやいた。


「教えてあげられたらいいんだけど……」


 これまで、サリアから教えを請われたことがなかったので教鞭をとる事態にもなっていなかったのだが、頼まれても無理だとフィーナは思っている。


 ドルジェでマーサとジークに頼まれて教えようとしたものの、二人はフィーナの教鞭についてこれなかった。マーサとジークだけではない。ドルジェの誰もが、フィーナについていけなかった。


 そうした経験から、フィーナは自分の勉学方法が他の人と違うのだと学んでいたので、敢えて自分から申し出ることをしないようにしていた。


 求められれば応じるが、上手く教える自信が、フィーナにはなかった。


 フィーナの言葉に、サリアは苦笑した。


「もう少し、自分で頑張ってみる。どうしてもと言う時は、お願いするから」


 そう告げたのだった。


「けど、このお茶は美味しいから、時々お願いしてもいい?」


「それはもちろん! ……と、煎じるのはセクルトでは場所がないから、簡素化したものを準備するね」


 ぱっと顔を輝かせるフィーナに、サリアは「ふふふ」と微笑んで答えた。


「寝付きがよくなるお茶も楽しみね」


「うわ~~。そう言ってくれるとはりきっちゃう」


「……私も飲んでみたいのですが」


 不意を打ってつぶやかれた声に、フィーナもサリアもぎょっとして、声がした方に顔を向けた。


 二人が目を向けた先には。


 幾度となく顔を合わせている、赤毛のカイルの護衛が東屋の側にそっと立っていた。





宮廷薬草園の下見です。

そしてサリアの勉学事情を少々。

がんばってるんですけど、結果が出せなくて。

……って状況になってます。

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