98.シンという男 40
反応したのは、伴魂のマサトではなくシンだった。
「邪魔だっつてんだろっ!
逃げろって言ってんだよ!
ザイル!
お前も二人抱えて、こいつ相手できんのか!?
俺の次はそっちろーが!!」
止めているうちに距離を稼げ。
早く国を越えろ――。
シンの意図を察して、迷っていたザイルは行動に起こした。
――アルフィードとフィーナ、二人を右と左、それぞれを両脇にかかえると、荷馬車に放り込む。
その行動にフィーナ達が驚き、現状を把握できずにいるスキをついて、ザイルは荷馬車を走らせた。
「ザイル!?」
シンを置いていく行為に、フィーナが避難混じりの声を上げる。
それには答えず、ザイルは馬車を走らせた。
シンも騎士に籍を置く者だ。
簡単には負けないだろうし、自分の身を守る術も心得ているだろう。
リュカという少年は、アルフィードに固執している。
アルフィードが離れれば、そちらを追うだろうし、シンとの戦闘にも興味をなくすだろう。
アルフィードをシンから遠ざければ、シンとの戦闘も終わるだろう。
代わりに、リュカはアルフィードを追う――。
リュカにどう対処しようか、ザイルは迷っていた。
アルフィードとフィーナ、二人をかばいながらたちまわるか、フィーナにアルフィードを任せて、リュカに対応するか――。
なぜマサトが居ないのか、ザイルは焦る気持ちの中、考えていた。
マサトが居れば、フィーナの心配はなくなるし、アルフィードも心置きなく任せられる。
荷馬車が走る最中、後方で雷鳴が轟いた。
「――――っ!?」
空は雲一つ無い。
シンとリュカ、どちらかが用いたものだろう。
フィーナとアルフィード、ザイルは大気を震わす轟音に驚いて後方を振り返る。
「――――…………!?」
そうした中、アルフィードが目眩を覚えて座り込んだ。
体の力が抜けて、視界がクラクラと揺れる――。
目をきつく閉ざして目眩に耐える。
(なに……?)
体から力が抜ける感覚だった。
するり。――と、体の内部から何かが抜け落ちて――不意に欠けてしまったから、力が抜けてしまった。
アルフィードの不調に気づいたフィーナが「どうしたの?」と訊ねた時だった。
「っ!!」
ザイルが慌てたように手綱を引いて、馬車を止める。
強引な停車に、フィーナ達も体が前のめりになってしまった。
「どうし――……」
アルフィードを気遣いつつ、御者台のザイルに訊ねたフィーナは、行く先に立つ人を見て声を失った。
リュカが、道の中央に立っていた。
どうして――。
リュカを見たフィーナは、緊張で体がこわばるのを感じつつ、同時に「なぜ」と思考を巡らせた。
シンが足止めしていたはずだ。
彼が追えない傷を与えたのか、彼の防衛をすり抜けてここまでたどり着いたのか――。
(でも――)
こくりとつばを飲み込み、思う。
国境までの主要街道ではすぐ追いつかれる可能性があるので、少しでも時間稼ぎができればと、当初、計画していた主要街道を外れた道を進んでいた。
国境で待ち構えていたとしても、その直前にカイル達と合流し、アルフィードが潜む荷だけ彼らに託して国境を越えよう――。
 




