94.シンという男 36
振動で手に軽い痺れが走る。
反動で後方に数歩退いたフィーナは、顔前に剣を突きつけられた。
フィーナは唇をかみしめてリュカを見る。
「やめて! フィーナを傷つけたら――!」
対峙するフィーナとリュカ。
リュカにアルフィードが声を上げた。
フィーナを守ろうとするものだった。
フィーナがアルフィードの妹だとリュカも知っている。
アルフィードが嫌がることはしないだろうと思ってのことだった。
アルフィードの思惑は当たった。
当たったものの、リュカは想定以上の話を口にする。
「ええ、わかっています。
傷つけなどいたしません。
ですから彼女――妹君も、マスターとご一緒にグランド・マスターに就かれるのはいかがでしょう」
「――え?」
リュカの言葉に、アルフィードは目を瞬かせた。
フィーナも一緒に――。
リュカがなぜそう考えるのか、アルフィードにはわからなかった。
家族が近くに居て欲しいだろうと、アルフィードを思ってのことなのか、フィーナを人質としようとしているのか――。
どちらにしても。
「フィーナは――妹は関係ないでしょう?」
アブルード国の――ルーフェンスの巫女には。
アルフィードの行動を制限するための人質と考えているのかと思ったが、リュカが思ってもいなかったことを口にした。
「妹君は宿主でしょう?
我が国の――グランド・マスターの保護下に居るべきです」
「れい……ぶ……?」
聞いたことのない言葉に、アルフィードとザイルは眉をひそめた。
フィーナは古い記憶がよみがえって、リュカと対峙する恐ろしさとは別な恐怖を感じた。
昔。
ドルジェの山で拉致されそうになった時。
マサトが、人の言葉を話すきっかけとなったあのとき。
――宿主を定めたか
男の人は、そうつぶやいた。
ザイルも居合わせたと聞いているが、小声だったので聞こえなかったのだろう。
(どうして――)
なぜリュカに知れたのか、フィーナは困惑した。
マサトは側にいないのに。
ドルジェの森でも、マサトが側に居たから、フィーナを「宿主」と判じたのだと思っていた。
フィーナが、アブルード国で言うところの従魔の主、宿主だと知れないように、マサトは身を隠しているというのに。
なぜわかったのか――。
リュカとアルフィードが話している間に、駆けつけたシンがリュカへ斬りかかり、フィーナとの間に割り込んだ。
リュカは、背後からの攻撃を振り返ることなくかわした。




