90.シンという男 32
訊ねるアルフィード、答えるリュカ。
リュカの答えを聞いて、アルフィードの唇が震えた。
「なぜですか?」
「――なぜ?」
「私を主と言いながら、なぜ、あの人に従うのですか。
あの方が優先されるなら、主はあの人でしょう?」
リュカがなぜアルフィードを主とするのか。
アルフィードもわからないが、思い当たる節はあった。
ルーフェンスの巫女は魔獣を呼び寄せ、儀式によって魔獣の能力を開花させる。
リュカは、アルフィードが覚醒させた魔獣を従魔とした者だろう。
――と。
アルフィードの問いに、リュカは申し訳なさそうに答えた。
グランド・マスターは契約による主であり。
マイ・マスターたるアルフィードとは、魂の繋がりによる主たるのだという。
なぜクラウドに重きを置くのか。
それはリュカにもわからないようだった。
リュカは効力の強い方に従ってしまうという。
アルフィードは、強い眼差しでリュカを見据えた。
「絶対に、戻りたくありません。
戻されるのなら、あなた方を一生恨みます」
アルフィードの、強い意志を感じたリュカが困惑した。
連れ戻すよう命じられている。
しかし実行すると、敬愛するアルフィードから毛嫌いされる。
戸惑うリュカに、シンが訊ねた。
「その――グランド・マスター……? との契約は反古できないのか?」
リュカは逡巡し、緩く頭を振る。
「見逃せば、私は過酷な懲罰を受けるでしょう。
仮にこの場を凌いだとしても、あなた様が別の追手に捕縛されるのだとしたら――。
そうなるくらいなら、嫌われてもかまいません。
私が、グランド・マスターの元までお供します」
告げたリュカは決意を灯した瞳で、腰に下げた剣を抜いた。
リュカに呼応して、シンもアルフィードを背後にかばいながら剣を構えた。
アルフィードを追うリュカ、アルフィードをかばうシン。
対峙する彼らを、フィーナとザイルは側から伺っていた。
シンとアルフィード、二人に加勢するつもりだが、下手に割り込んで邪魔になっても困る。
様子をうかがうのにとどめていた。
アルフィードに危険が及べば、いつでも対応できるよう、フィーナとザイルはシンとリュカを注視していた。
そうしながら、フィーナは心の内で叫び続けていた。
(――「どこにいるの!?」)
自分の伴魂、マサトを呼ぶ。
アルフィードと合流後、マサトはフィーナとの意思の疎通で『近くにいる』と言いながら、姿は見えない。
マサト曰く、アブルード国民を警戒して――自分を知っている輩がいる可能性を危惧して――人目に付かない近辺に潜んでいると言う。
マサトは、アブルード国側に素性を知れるのを警戒していた。
マサト自身の保身からでなく、フィーナがマサトと契約したと知れないよう、気をつけていた。
フィーナとマサトの関係がアブルード国側に知れれば、アルフィードだけでなく、フィーナにも危険が及ぶ。
フィーナも、マサトの心配は理解できる。
理解できるが、アルフィードが危険にさらされている今、優先すべきは「この場をどう乗り切るか」ではないのか。
 




