87.シンという男 29
犯罪者の追跡困難、公共機関の恩恵を受けながら、対価未納付という不公平性。
そうした観点から、密入国者へはどの国も厳しく対応していた。
そのよう現状を知っているシンは、アルフィードの身分証に不審な点が残ることがないよう、気をつけていた。
アブルード国に入国したとき、アルフィードの身分証は使っていない。
アルフィードは、書類上、サヴィス王国にいるとされている。
行動を共にする面々を考慮して、シンはアルフィードを箱に隠し、ほかの面々は正規手続きで国を越える。
そのようにしようと考えたのだった。
主街道から離れた道を、シンは進む。
街の中心部からすれば、人家も減少し、住民の姿も見当たらないほど閑散とする道を進んでいく。
「みんな祭りに行ってるのかな……」
馬車に揺られながら、ぽつりとフィーナはつぶやいた。
思ったままを口にした、独り言だった。
祭り前からこの街に滞在して、地理を頭にたたき込んでいた。
同時に、はぐれた時の連絡手段など、考えられる限りの対策をとっていた。
フィーナ達が考えていたのは、非公式的ながらも兵に近しい団体の追跡だった。
それがまさか一人で。
それも、相手側も想像していなかった単独行動をとるとは、思ってもいなかった。
最初に気づいたのはアルフィードだった。
何がどうと説明できないものの――勘、というか。
胸の内がざわりとさざめいた。
潜んでいた箱の蓋をそっと持ち上げて、隣にいるフィーナを見る。
アルフィードに気づいたフィーナは、姉と目を合わせて首をかしげた。
どうかしたの?
妹の眼差しに、アルフィードも戸惑いながら「何でもない」と小声で告げて、箱に戻った。
違和感を抱いたのは自分だけ――?
そう思ったのも束の間。
シンが手綱を引く馬車が、ふと歩を止めた。
「? どうしたの?」
荷台の前方、業者席の側に座っていたフィーナは、予定外のシンの行動を、不思議に思って、彼の背越しに道中の先に目を向けた。
いつもなら、まばらながら人通りのある通りが、祭りの主要会場から外れているからか、閑散としている。
馬車が悠々と通れる通りに、その男性は道の中央に立っていた。
馬車が通れると言っても、中央を避けて通れるほどの幅ではない。
明らかに進路を妨ぐ男性に、フィーナは眉を寄せた。
「何?」
邪魔だとつぶやくフィーナとは別の視点で、シンは苦笑いする。
「マジか……。そう来るかよ」
かすれた声でつぶやかれたシンの言葉に、鈍いフィーナもただ事でない雰囲気を感じて緊張するのと、シンが声を上げて指示を出すのはほぼ同時だった。
「ザイル! フィーナを頼む!
アルフィード! 俺の側に!」
「「――え?」」
シンの言葉に、フィーナとアルフィードは目を丸くした。
その二人にかまわず、ザイルはシンの言葉に従った。
アルフィードを箱から出すとシンの隣、業者席に置いた。
シンは業者席から降りて、アルフィードをかばうように前に進み出る。
ザイルもフィーナと共に荷馬車から降りて、フィーナをかばうように側に来た。
フィーナとアルフィードは、困惑しながら道を塞ぐ人物に目を向けた。
十五、六ほどの少年だった。




