76.シンという男 18
それでも引き下がらなかったのは、単純に武術に自信があったからだろう。
フィーナは肩まで届く髪を束ね、動きやすい軽装に着替える。
二人は手ごろな木の枝を木刀代わりとした。
木刀を手にフィーナとシンは対峙し、互いに木刀を構えた。
――と。
ふと何かに気付いたシンが、フィーナに話しかける。
「背、伸びた?」
シンの質問に、フィーナは眉をひそめた。
「セクルトに入学してから、いくらかは……。
会ったこと、ありました?」
成長したと思えるのは、以前の姿を知っているからだ。
シンとはアブルード国で初めて会った。
その前にどこかで会っただろうか――。
首を傾げるフィーナに「スーリング祭で見かけた」と、シンはぎこちなく答えた。
スーリング祭の警備は騎士が行う。
フィーナはシンに気付かなかったが、シンは「アルフィードの妹」として知っていたのだろう。
「そうですか」
にっこりと――微笑むと同時に、フィーナは動いた。
一気に距離を縮め、利き足を踏み込んだ低い姿勢から木刀を横薙ぐ。
虚をつけたと思ったが、木刀は空ぶった。
シンはとっさに後方に飛びのいていた。
「――実際、対峙するとえげつねーな」
冷や汗を浮かべて苦笑する。
攻撃してくる。
そう思わせることなく、虚をついてくる――。
攻撃意志ない動きは、騎士にはなじみがなさすぎた。
シンが気付いたのは、わずかな違和感があったからだ。
フィーナは自分を快く思っていない。
それは感じていた。
その自分に、今の話の流れで微笑む――?
一瞬の違和感で、反射的に動いていた。
市井で暮らす者特有の「勘」だった。
リーサスから、ため息交じり、愚痴交じりに聞いてはいた。
――想定外の動きをする。
――対処できない自分が腹立たしい。
肯定も否定もせず、聞くだけに留めていたが。
(無理だろ、これは)
負け続けだとリーサスは嘆いていたが――当然だ。
根本が異なる。土俵が違う。
勝てるわけがない。
リーサスは――騎士として、相応に血生臭い部分を経験している。
そうでなくとも、騎士同士の鍛練の際、互いに殺気立った立ち合いをするのだ。
顔見知りの人物と談笑している際、殺気も前触れも無く、静かに喉元を剣で突かれるなど、想定できるわけがない。
フィーナがとった行動は、まさにそれだった。
初戟を凌いだシンは「おい審判!」と声を上げた。
「フライングだろ、さっきのは!」
「――ふらいんぐ?」
審判を任されたザイルが、言葉の意味がわからず首を傾げる。
「始めの合図もなかったろ!」
苛立ちながら叫ぶシンに、ザイルは再び首を傾げた。
「実戦に合図などあるのですか?」
真顔で告げるザイルだったが、同意を得られたのはフィーナだけで、他の面々は「ありえない」と引いていた。
 




