61.シンという男 3
始めアルフィードは、シンの態度を許すオリビアを「大目に見ている」と思っていた。
しかし後になって、オリビア自身が望んでいると気付いた。
アルフィードとしては、同騎士団以外の人が居合わせた時、きちんとした対応をとるよう指導しなければとシンに口うるさく接していたのだが、それが杞憂だったと後に知った。
シンは場をわきまえて、オリビアへの礼儀を尽くしている。
気付いてからシンへの小言は激減したが、ゼロにはならなかった。
そうした経緯から、アルフィードはシンに「口うるさい側仕え」と認識されているはずだと思っていた。
心良く思っていない相手を、苦労して助けようと思うはずがない。
――と。
アルフィードの問いに、シンはぽかんとした。
その表情で静止して数十秒。
「――……は?」
何言ってんの?
と、疑問の声を漏らす。
「なぜって――そりゃ……出来るんだったら、誰だってどうにかしようとするだろ」
「嫌だったら断れたでしょう?」
「え……っと、だから。
何で俺が嫌がる前提なわけ?」
「お嫌いでしょう?」
「――――嫌い?」
「私が、嫌いでしょう?」
再び目を丸くして言葉を失うシンに、アルフィードはじくりと胸の痛みを感じながら、勢いにまかせてたたみこんだ。
「オリビア――王女の側仕えとして、騎士団の一員であるあなたに小言ばかり言っていました。
騎士の鍛練場等で――騎士団、独自の場で。
王女でなく、騎士団の長として居るオリビアの側で、王女の側仕えでしかない私が出過ぎた小言を続けました。
場違いな者の場違いな戯言を度々耳にするのです。
不快に感じて当然でしょう?」
アルフィードの話をシンはポカンと……呆然としたまま聞いていた。
アルフィードの話を理解するまでに時間を要し、理解したら理解したで眉根を寄せてキツク目を閉じ、眉間を抑えた。
「……自覚はあったってことか……。
姉妹でなんでこうも違うんだか……」
「え……?」
ぽつりとシンが呟いた「姉妹」の言葉。
シンがアルフィードの妹、フィーナを知っていると思わせる言葉だった。
なぜフィーナを知っているのか。
怪訝に思ったものの、リーサスが慕っていると聞いていたので、そうした繋がりから聞いたか接点があったのだろうとアルフィードは考えた。
アルフィードの疑念にシンは気付かず、頭を垂れて盛大なため息をついた。
「側仕えの仕事として必要だと思ってしたことだろ?
それくらいわかってる。
そんなことで気分を害するワケねーだろ」
「しかし……」
「年は? いくつだっけ?」
「――17の年巡りですが……」
「こっちは25過ぎてんだ。17の子供の小言くらい、聞き流せる度量はあるよ。
気にすんなって」
(子供……)
気遣った言葉だとアルフィードもわかっているが、なぜか胸が痛んだ。
――時折、感じていた。
アルフィードの小言を受け流すシン。
一人相撲のようなもどかしさを、ずっと感じていた。
それもそのはず。
対等に向き合えてなかったのだから。
気を引きたくて――見てほしくて――気付いて欲しくて。
小言を言っていた。
気になりだしたのはいつだったか。
時期は覚えていないが、初めは本当に嫌いだった。
市井出身としても、年上なのにへらへらと締まりのない態度、オリビアへの礼儀がなっていない接し方が我慢できなかった。
最初こそ、本当に苛立って、怒り任せに注意ばかりしていた。
了承の返事をするものの、態度が変わる様子はなかった。
そうした日々の中、騎士団でも若年層にオリビアへの不満を持つ者がちらほら出てきた。
彼らはシンには思いを吐露していた。
アルフィードも図らずもそうした場に遭遇している。
物陰に隠れていたアルフィードは気付かれなかった。




