58.ルーフェンスの巫女 13
◇◇ ◇◇
しばらく儀式はないと、なぜか思いこんでいた。
気を緩めていたところへの不意の知らせに、アルフィードは動揺した。
薬を服用するか否か問われ、無意識に首を横に振っていた。
「いやです……」
「では薬は飲まずに……」
「もう嫌です! 儀式なんてしたくありません!」
「しかし――」
「いや!」
部屋から連れ出そうとする白装束の者達に抵抗した。
無理に飲ませようとする薬も、口をきつく閉ざして含まないようにする。
プリエラがかばってくれたものの、クラウドの指示でアルフィードはプリエラと離され、別の部屋へ連れて行かれる。
地下牢と思われる石室に入れられ、足を鎖でつながれた。
石室に入れられるまで、アルフィードは泣き叫んで抵抗した。
その疲れで、頭がぼうと、熱に浮かされた心地だった。
薬を服用しても数日は体が気だるい。
服用しなければ、激痛に苛まれる。
薬を服用してもしなくても、アルフィードには負担となる。
儀式がなければ、負担も苦痛もないのだ。
地中独特の、籠った空気を感じながら、アルフィードは石壁に背を預けた。
固く、不均等に凹凸のある壁で、背中が痛い。
(何て弱い……)
――不屈の心根をもっている、自負があった。
市井出身ながらセクルトの生徒となり、オリビアの側仕えとなり。
その過程で勉学、礼儀作法、護衛など、文武共に励んできた。
結果、色眼鏡なく周囲から認められた。
様々な試練を乗り越えてきた。
これからもそうだろう。
そう、思っていたのに。
(――甘かった)
思って、震える唇をかみしめた。
これまで、つらかったことは。
極限ではなかった。
気が振れる苦痛も、望みをもてない絶望感も――。
そうした極限と対峙しない場所で暮らしていた。
市井出身者として、貴族社会で生活する大変さ。
蔑み、偏見、言われない誹謗中傷。
それさえもオリビアの庇護の元、過酷でなかったのだ。
アルフィードの尊厳を無視した状況はなかったのだから。
地下の、籠った独特の臭気がアルフィードの体調を悪化させる。
吐き気が何度もこみ上げた。
生唾が口内にせり上がる不快さに耐えられず、アルフィードは儀式を受け入れる旨を、牢番に伝えた。
薬服用も懇願する。
――今。
身を切られる、体内をかき混ぜられる苦痛に耐えられそうにない。
だったらせめて、負担の少ない対策をとっておきたかった。
牢番がクラウドに伝えたのだろう。
しばらくすると、軽い食事と薬が用意された。
食事は脂っこくない、あっさりとした料理だった。
その食事をゆっくりとって、薬を服用する。
疲れもあって、食事をとってしばらくすると、うとうとと眠気を感じた。
前は異変を感じると、懸命に意識を保とうとしていたが。
今回は――薬に身を任せようとアルフィードは考えていた。
今後の対策は今後考えるとして、今はとにかく、儀式に立ちあう気力も気概も体力も残っていなかった。
儀式を強制される魔獣を思い、胸の痛みを覚えつつ、アルフィードは睡魔に逆らうことなく、目を閉じたのだった。




