55.ルーフェンスの巫女 10
そうした状況でも、魔獣の感情は伝わっていた。
魔獣は自分がつらいはずなのに――ずっとアルフィードを気遣っていた。
愛し子を愛でるように、尊きものを崇拝するように。
それがなぜか、アルフィードはわからないまま――。
「っっあぁぁあああ――!」
ひときわ激しい痛みを覚えた直後、ふつりと意識が暗がりに転じた。
力尽き、縛られた椅子にうなだれるアルフィードは、自分が気を失ったのだろうと漠然と感じていた。
虚ろながらも目は開いている。
この喪失感は――胸に空いた空疎感は何なのか……。
答えはゆっくりと上げた視線の先にあった。
祭壇に、魔獣が横たわっている。
感情も何も伝わって来ない。
脱力し、動かない体で、それがなぜか悟ったアルフィードは。
きつく、目を閉ざしたのだった。
◇◇ ◇◇
儀式後、倦怠感がひどいアルフィードは、二日寝込んだ。
老齢の男性がアルフィードを訪問したのは、儀式の三日後のことだった。
「だから言ったのだ」
三日たっても、アルフィードの体調は完全に回復しなかった。
気だるく、体を動かすのが億劫だった。
ベッドで上半身を起こした姿のアルフィードを見て、老齢の男性がため息交じりにつぶやく。
「痛みを麻痺させ、感化を鈍らせる。
薬は巫女への情けだ」
アルフィードは反論できず、うつむいて膝に置いた手を握りしめた。
確かに、その通りだと思う。
儀式の度にあのような体験を繰り返したのでは、いずれ気が振れてしまうだろう。
「――ルーフェンスの巫女とは何ですか」
ぽつりと、独り言のように呟いてアルフィードはたずねた。
返事は期待していなかった。
答えてくれるとは思っていなかった。
しばらくの沈黙の後、老齢の男性がおもむろに口を開いた。
「世界を繋ぐ愛し子だ」
「え……?」
驚いて顔を上げると、老齢の男性はじっとアルフィードを見ている。
からかうでもない、嘘でもない。
きちんとした回答なのだろうが、漠然としすぎて理解できない。
戸惑うアルフィードに、老齢の男性はついと視線を窓の外へ向けた。
「魔獣から親愛を受ける者。
――従魔不在でも魔法を使えるだろう。
そなたが望めば、たいがいの魔獣は使役を望む。
従魔の契約も縛り、戒めも必要なく。
複数の魔獣を同時に使役し、必要に応じて魔獣を変えて魔法を使える。
――多様な魔法を使える反面、都度都度、魔獣を変えては魔法の使用回路が異なり、体に負担がかかってしまう。
短命な巫女が多いのはそのためだ」
「短――命……」
「使役する魔獣を頻繁に変えなければ、そう心配はないだろうが――。
これまでの巫女は側に居るどの魔獣を通して魔法を使うのか、わからなかったのだろう。
強力な魔獣を使役できるが、拒んでも寄ってくるのだから――因果としか言いようがないが」
「――失礼します。クラウド様、そろそろお時間が……」
話の途中、ドアがノックされ、神殿からの使者が老齢の男性に声をかけた。
クラウド。
それが彼の名のようだった。
 




