53.ルーフェンスの巫女 8
男性の気品あるたたずまいからただ人でないと感じた。
先に入室した青年は、老齢の男性に頭を下げたまま敬意を示している。
誰、と訝るアルフィードとプリエラを、老齢の男性はしばらく眺めておもむろに口を開いた。
「食事をとらないと聞いたが」
(――――!)
聞き覚えのある声に、アルフィードもプリエラも目を見張り、体を強張らせる。
目隠しされて連れられた場所で対面した――『神聖なる儀式』の場にいた、暗がりで顔の見えなかった男性――。
彼から厳格な威圧を感じ、アルフィードは小さく息をのんで、意を決して答えた。
「何が入っているのか、わからないものを口にできません」
「薬のことか? よかれと思ってのことだが」
「抵抗できないよう、自由を奪ったの間違いでは?」
反抗的な物言いに、男性はぴくりと眉を動かした。
ジロリと眼光を鋭くする男性を、アルフィードは負けじと見つめ返す。
無言の攻防後、先に口を開いたのは老齢の男性だった。
「日暮れ後、儀式を行う。
望み通り、夕食には薬を入れずにおこう。
身を持って知れば、薬が情けだと知れよう」
ため息混じりに告げると、男性は踵を返して部屋を後にする。
彼らが退出したのを確認して、アルフィードとプリエラは、緊張から解放され、二人同時に盛大に息をついた。
得体の知れぬ威圧感を持った人だった。
彼がセレイスが知りたがっていた人物なのだろう。
肩書も役職もわからないが、ルーフェンスの巫女の権限を有していると推測できた。
セレイスの依頼は、オーロッドからプリエラに命じられている。
アルフィードとプリエラは男性に関して意見のすり合わせを行い、報告する内容を精査した。
予期しなかった男性からの接触に、アルフィードは戸惑い、同時にサヴィス王国に戻れる期待に胸を高鳴らせた。
セレイスの依頼は、ルーフェンスの巫女の権限者を探ること。
今、外見を知った。
あとは機構の把握だ。
老齢の男性が、ルーフェンスの巫女に対して――神殿にどのような権限を有し、どのような立場なのか。
探る算段を考えつつ、夕食を終え、迎えに来た神殿の使者に従い、目隠しされて儀式の場へ連れられた。
その後、投薬なく『神聖なる儀式』に立ち会ったアルフィードは。
薬を拒否した判断が正しかったかどうか、思い悩むこととなる。
◇◇ ◇◇
夕食をとった数刻後。
アルフィードの元に、神殿の使者が来訪した。
目隠しされ、目的地までの道順を隠匿される。
目的地に着いてからも、手を引かれて儀式場に到着するまで、目隠しのままだった。
会場に到着後、目隠しをはずされ、以前座った椅子に腰を下ろした。
薬を服用していた時は、朦朧とした意識の中、不鮮明だった景色が、今はしっかりと目に見える。
――とは言っても、薄暗い室内の為、はっきり見えるものはそうなかった。
鮮明な意識で室内を見まわしたものの、朦朧とした意識の中、見た景色と大差ない。
殺風景な石室、儀式の祭壇、祭壇を囲う神殿の者と祭壇にまつられる魔獣――。
老齢の男性は、以前と同じく祭壇の奥に座していた。
光の具合から肩から下の姿しか見えない。
祭壇には魔獣が鎖に繋がれて祀られている。
これまで同様、この場から逃れようと、神殿の使者を威嚇しつつ激しく暴れていた。
――と……。
「――え?」
椅子の肘置きに置いた腕を、肘置きに紐でくくられる。




