22.スーリング祭【控室で】
「ところで――これだけ? 他の学年は?」
首を傾げるオリビアに、カイルもはっとした。
「既に退室しています。それより姉上!」
今度はカイルがオリビアにつかつかと歩み寄った。
「何を考えておいでですか! 他の生徒がいなかったからよかったものの、王族がそのような態度をとるなど!」
「まあまあ、いいじゃない。気分をほぐそうと思ってさ」
「あははは」と笑うオリビアに、カイルは「いいわけありません!」と目くじらをたてる。
「もっと言ってください」
そう告げながらオリビアの後方から、アルフィードがため息交じりに室内へと足を踏み入れた。
アルフィードに続いて、護衛の騎士らしき若草色の髪と同色の瞳を有した青年も入室する。
後に「ディルク」との名と、ザイルの弟であることをフィーナ達は知った。
「最近、言葉遣いの乱れがひどいのですよ。身近に居るものの影響を受けているようで。注意しても一向に治らないのですよ」
そう告げるアルフィード。会場では見かけなかったが、側には控えていたのだろう。
アルフィードの装いも、控えめながらも普段より豪奢なものになっている。
「お久しぶりです。カイル殿下」
顔見知りなのだろう。
アルフィードはカイルに向かって柔らかく微笑むと最上級の挨拶を送った。
そしてフィーナの不手際を詫びたあと、ふと気付いたように「あら」と小首を傾げる。
「背が伸びました?」
「あ、いや……」
オリビアに食ってかかった様相はなりを潜めて、しどろもどろになっている。
「そう言えば」
と、オリビアも同意して、互いに並んだりなどして身長の確認をとっていた。
カイルとオリビア、並ぶ二人をアルフィードが少し離れて身長の差を確認している。
幾分オリビアの方が背が高かったが、最後に確認した時からの期間と伸びた長さを鑑みると、カイルの背の方が高くなるのは、そう遠い日ではないようだ。
それがオリビアにはおもしろくないらしく、入室時の陽気な雰囲気が半減した表情を浮かべた。
「お姉ちゃん、私も私も」
久しぶりに顔を合わせたアルフィードに、フィーナが子犬のように近寄った。
「私も背、伸びたんだよ?」
基本的に「姉大好き」なフィーナは「大きくなったわね」とほめてくれることを期待して、アルフィードの側へ足を向けた。
セクルト貴院校に入学してから、勉学やスーリング祭の準備で実家への帰宅がままならず、帰れても今度はアルフィードの都合で帰宅しておらずと、すれ違いの日々が続いていたのだ。
久しぶりに会えた喜びを前面に押し出すフィーナを、アルフィードはにっこり微笑みながら「まあ、そうなの」と妹の頬を両手でふんわりと包んだ。
「……あれ?」
両頬を両手で包まれた時、フィーナも姉らしからぬ不可解な行動に気付いていた。
気付いていたが何がどう不可解なのかまではわからず、目をしばたたせている。
「――それより、どういうことかしら。スーリング祭に伴魂が同席していない? 式が始まる直前まで『のほほん』としていただなんて。カイル殿下にも迷惑をかけて」
「ど――」
どうしてそれを。
声は最後まで言葉を成さない。
アルフィードは両手で包んだ頬をつまんで、横に広げた。
むに、と横に広がる頬に、まともに話すことができないのだ。
アルフィードは底冷えする冷笑を湛えている。
アルフィードは祭典には出席していなかった。
会場側に控えていたのだろうが、状況は知らないはずだ。
伴魂は祭典途中で入室した。
アルフィードは気付いていないと思っていたのに。
思いながら視線を巡らせる先で、サリアと目があった。
頬をつねられているフィーナと目があったサリアは、反射的に顔を逸らした。
その行為で、フィーナは全てを察した。
「ファリア!?」
お姉ちゃんに話したの!?
と、追及の声を上げるフィーナに、言いたいことを理解しているサリアが「だってっ!」と声をあげる。
「ザイル様を捜しているとき、会って! アルフィード様がザイル様と連絡をとってくれてフィーナの伴魂を見つけられたの!」
状況を整理するとだ。
まず、ザイルを捜していたサリアが、会場側に控えていたアルフィードと出くわした。
ザイルの居所を尋ねるサリアに、アルフィードは事情を知って、ディルクや他の騎士団面々と連絡をとってザイルに行きつき、そして伴魂を呼び寄せることに成功したのだという。
なぜもっと早くそうした状況だったと話してくれなかったのかとのフィーナの思いを、サリアも感じ取ったのだろう。
一度カイルをチラリと伺い見た後「寮の部屋に戻ってから話そうと思ってたの。まさかオリビア様とアルフィード様がお見えになると思ってなかったから」と、戸惑いをにじませて告げた。
「責める相手が違うでしょう?」
助けてくれたのだから、感謝すべきでしょう。
そう告げる姉に、フィーナは「感謝はしているけれど、それとこれとは別」の心境だった。事前に情報があれば、心構えができていたのに。
そう思いながら、姉の頬をつねる行為を「いたたたた」と声を上げながら、耐え忍ぶこととなり。
(『――両頬つねるの、エルド家流のお仕置きか?』)
白い伴魂が、自身もされたことのある行為に対して、意識下でフィーナに伝えてきたのだった。
そうして距離が近くなった時に、アルフィードはフィーナに潜めた声で囁いた。
「――どうして腕輪を使わなかったの。こういう時に使わないと、意味ないでしょ」
戒めの腕輪を使えば、伴魂を呼び寄せることだできただろう。
「痛がるから嫌だったんだもん」
「痛がるって――」
「見えないところで使うと、加減ができないもの」
呆れるアルフィードだったが、ふと戒めの輪をフィーナと伴魂に施した時のことを思い出した。
使いたくないと泣いて嫌がったフィーナ。
思いは、あの頃と変わりないのかと、アルフィードは唖然としつつ、つまんでいた妹の頬を開放したのだった。
引き続き、控室でのやりとりです。
アルフィードも来ました。妹に少々お説教してます。
控室でのやりとり、もう少し続きます。