5.白いネコ 1
休日は叔父のカシュートと伴魂探しに森に出向いていたが、今日は叔父の都合がつかなかった。
家族と過ごす休日の中、フィーナは裏庭で薬草を眺めて過ごしていた。
今日は姉のアルフィードが森に付き添ってくれる。
アルフィードは伴魂を森で取得した。
その時、散策した道を辿ってみようとの試みだった。
アルフィードは数時間前に帰宅したばかりだ。
アルフィードは側仕えの見習いだ。休日は本来、仕事はないのだが、私的に主として仕えるオリビアと過ごす日々が続いた。
そんなアルフィードの久々の帰省である。
少々休んで昼食をとってから森へ行こうと話していた。
カシュートと森へ行くようになって、フィーナは薬草に興味を持ち始めていた。
普段、何気なく通り過ぎている道端にも、薬効を含んだものがあると知った。
不用意に触れるべきではないとも教えられた。
「薬になるものは毒にもなりえる。毒であるものは薬にもなりえる」
薬として重宝されるものが、扱いを間違えると害となるーー。
両親の薬屋の仕事に興味を持ち始めたのもそれからだった。
乾燥させた薬草を乳鉢ですりつぶし、いくつか混ぜ合わせて調合し、症状にあわせた薬を処方していく。
天秤で細かな分量を確認しながら調合していく繊細な作業は、ずっと見ていても飽きを感じない。
後に思い返すと、この時にすでに薬師としての仕事に魅了されていたのだろう。
よく見ると、家の裏庭にも使用頻度の高い薬草が栽培されていた。
「シギナ、ショウユウ……あ、これユキカだ」
血止めや筋肉疲労解消、咳止めなど、使用頻度の高い薬草が揃っている。
両親が意図して栽培しているのだろう。
フィーナは立ち上がると裏庭全体を見渡した。
姉のアルフィードと森へ散策するまでの間、フィーナは裏庭で過ごしていた。
意識して眺めると、普段、何気なく目にしている景色がこれまでと違って見える。
裏庭も両親の仕事の一端なのだ。
そう言えば、と思い返す。
マーサとジークと一緒に裏庭で遊んで植物を踏み散らした時、両親にカミナリを落とされたっけ。
フィーナだけでなく、マーサもジークも同様に怒られた。
「家の周りで遊ばないように」
これまで怒ったことのないリオンとロアに大目玉をくらって、マーサとジークも、フィーナの家で遊ぶ時は体を動かさないゲームやおしゃべりに興じるようになった。
そんなことを思い返しながら、フィーナは薬草を眺めていた。
薬草が植わっている中に、料理で使われている香草や薬味もあった。
その辺りは母が使用しているのだろう。
そうして眺めているときに、視界の隅で何か動いた気がした。
つられてその場所に目を向ける。
――風だろうか。それとも虫か何かしらの小動物か。
フィーナはそっと足音を忍ばせて、揺れた草むらに歩み寄った。
そばに行くと、座り込んでそっと上から覗き込む。
草はひざ丈ほどの長さなので、上から覗き込める。
――ネズミかな。
不衛生な場所でも生息できる小動物は、姿をみた女児は悲鳴を上げて逃げるのだが、フィーナは「かわいい」と言う。
母のロアでもネズミを見ると悲鳴を上げて気味悪がると言うのに、次女は平然としている上に捕まえようとする。
家族は全力で制して接触を禁じていた。
そんなフィーナが覗きこんだ先にはネズミはいなかった。が、別の生き物が体を横たえていた。
その生物を見たフィーナは目を瞬かせた。
「ネコ……」
白い毛並みのネコだった。
全体的に細長く、フィーナが両腕で抱えられる大きさだ。
尻尾も胴ほどの長さを有している。
艶やかな白い体毛、しなやかだろうと想像できる身体の骨格、すらりとした四肢。
知ってはいたが初めて実物を見たフィーナは驚きで慌てふためいた。
絵で見たことはある。
が、国でも珍しい愛玩動物だったはずだ。
なぜ辺鄙な片田舎にいるのか。
何かしらの事情ではぐれて迷い込んだのではと考えつつ、フィーナは家の中にいる姉を呼ぼうと立ち上がった。
「お姉ちゃ――」
宮仕えをしている姉なら、扱いを知っているのでは。
そう思い、声を上げようとしたフィーナの耳に、苦悶の声が届いた。
振り返ると白いネコが苦しげに荒い呼吸を繰り返していた。
口元の髭が揺れ、瞼が震える。かすかに開いた瞼の間から、空色の瞳が覗き見えた。
(――きれい)
フィーナは初めて目にする瞳の色に見入っていた。
が、それも束の間のことだった。繰り返される苦悶の息に我に返り、同時に青ざめた。
飢餓状態だと、本能的に思った。
この世界に生きる生物は、何かしら魔の要素を取り入れなければ生きていけない。
人は日々の食事により食物から経口摂取する。
魔力が存在するこの世界では、土地で育った植物には微弱ながらも魔力が宿っている。
市井の民には多量の魔力は必要ないので、植物から得る魔力で事足りていた。
魔物は魔力を有する動植物から摂取すると聞くが、詳しくは市井の民には知られていない。
詳しいことは知らなかったが、初めて目にするネコから漏れる苦悶の息から、生の危うさを感じたフィーナは、血の気が引く感触を覚えて、ぞわりと肌が粟立った。
――このままでは死んでしまう。
そう思った時には生物を抱きかかえていた。
胴に両腕を回し、抱き上げる。
白い体毛はふわりと手触りがよく柔らかな香りが鼻腔をくすぐった。
だらりと垂らされる四肢、頭、尻尾を、どうにか地面に接触させずにいられた。
そのように白いネコを抱き上げた時、ざわり、と体内に不快感を覚えた。
初めて経験する感触だった。が、何かを吸われている、とフィーナは感じた。
反射的に手にした物を投げ出した衝動を感じたものの、フィーナは唇を引き結んで我慢する。
飢餓状態の魔物は危険だと教えられている。
魔物の魔力摂取は、経口摂取でなくとも可能だ。
身の内の不快感は、白い生物にフィーナの魔力を吸われているからだ。
もともと市井の民は魔力をほとんど有していない。
伴魂とやり取りできるほどは存在しているものの、飢餓状態の魔物から一方的に搾取されるのには耐えられないのが一般的だ。
幼子となれば保有量自体、成人者より少ないのは当然のことだった。
「お父さん! お母さん! お姉ちゃん!」
身動きがとれないほど弱り切っているから、危害は受けないだろう。
けれど接していると一歩的に搾取されてしまう。
魔力は生命維持に直結する。極端に減少すると命の危険さえある。
誰に教わったことでもないのだが、フィーナは自身の体に起こる異変を、本能の部分で理解していた。
抱き続けることはできない。
だれか。
この子を助けて。
やっぱり難産です……。書けるのは書けるんですが、何か説明が多すぎる気が……。私的に状況と説明をうまく絡めるのが理想なんですが、説明が先立ってます。
「読み手が知ってる前提」でサクサク話を進めるために、もう少々説明にお付き合いください。(平伏)
……あ。慣れたと思ったら次があるかも……(滝汗)