48.ルーフェンスの巫女 3
「どうお詫びをすればいいのか……」
困惑する母親と、いまだ肩をいからせるリグを見て、アルフィードはふと思いついたことを口にした。
「ここに住んでいた前任者について、教えていただけませんか」
アルフィードはそう告げると、プリエラに剣をおさめるよう促す。
プリエラもオーロッドから――正確にはセレイスの指示だが――ルーフェンスの巫女に関する権限者を探るよう言われている。
指示の部類だからと、プリエラを渋々引かせた。
リグの母は、戸惑いながら端的に話してくれた。
前任者、タオは十五の少女だった。
彼女がルーフェンスの巫女となったのが十の時。
以来、屋敷に住み、巫女の仕事を続けていた。
――フェンド族の誰も、巫女の仕事がどういったものか、はっきりと知らない。
兵にあてがう魔獣を呼び寄せて、国の戦力増強に努めている。
その為、平民ながら貴族同等の地位と生活を約束されていると聞いていた。
タオは幼いころに両親を亡くし、叔母と暮らしていた。
十歳でルーフェンスの巫女となって二年後、叔母も他界した。
ルーフェンスの巫女は基本、住まいの敷地内から出れないが、月に数日、村への外出は許されている。
小さな村なので、皆、家族同様仲がいい。
リグがタオを慕うのもそうした関係からだった。
話の途中、敵対心丸出しのリグが時折、タオの動物好きを声を上げて主張する。
母はリグをなだめつつ、アルフィードへの話を続けた。
リグの母親の話はタオ自身の話だけで、巫女の具体的な話はなかった。
前任の少女を知れただけ、アルフィードにとっては収穫だ。
話を聞く限り、驕りも高慢さもない、普通の少女のようだ。
彼女がなぜ失踪したのか――。
その理由を、アルフィードは身をもって知ることとなる。
◇◇ ◇◇
翌日、違和感を覚えながら目が覚めた。
いつもと違う――。
そう感じつつ、頭が重く、思考が不鮮明だとも認識していた。
寝ぼけたような、朦朧とするような――。
回らない頭をどうにか持ちあげて周囲を見ると、薄暗い、見知らぬ場所だった。
窓のない、四方を石壁に囲まれた広い石室だ。
(どうして……)
昨夜は屋敷の寝室で眠ったはずだ。
プリエラも護衛として同室のベッドで就寝したはずなのに。
今、アルフィードは革張りの重厚な椅子に座っていた。
……両腕を肘置きに縛られ、拘束されていた。
思考は霞がかり、どうにも頭がまわらない。
深く考えられない。
同時に、眠くてしかたなかった。
睡魔に抵抗して周囲を見渡し、セクルトの一教室ほどある広さの部屋だと知る。
その部屋奥に、成人の腰ほどの高さの台座がある。
台座には魔力を持つ獣――魔獣が、片足を鎖で繋がれている。
顔が見えないほどフードを目深にかぶった、白装束姿の者三人が、台座を囲んでいる。
キツネの魔獣は、歯をむき出して周囲を威嚇、唸り声をあげている。
台座には光が注がれている。
薄暗い部屋の中、一か所だけ鮮明な光りが注がれるその場所は、さながらこれから幕が上がる劇場の舞台のようだと、ぼんやりとする意識の中、アルフィードは感じた。
これから何が演じられようというのか――。
意識は朦朧としながらも、アルフィードは言い知れない不安を感じていた。
魔獣を囲む、三人の白装束の男。
彼らはおもむろに詠唱を口にした。
歌のような、神事の祝詞のような。
同時に唱えているが、互いの声の高さ、調子が時折異なる。
それが絶妙に絡み合って、互いが互いを高めている。
集団魔法――。
式典で騎士団が演出として披露した魔法に似ていた。
(そんな……)
室内の空気の変化を感じながら、アルフィードは慄いた。
集団魔法は強力だ。
その魔法を小室で使うのか。
キツネの魔獣は、白装束の男達を威嚇し続けている。




