44.プリエラ 15
鼻先が触れるか触れないか。
至近距離で――話す吐息が触れる距離で、プリエラに告げる。
「女性らしゅうない言うとうけど、美麗では姉さんより評価高いで?」
「そんな話は……」
「気にしとらんだけやろ。
それらし話聞いても『自分やない』思うてとうたんやろ?」
その通りなので、プリエラは何も言えない。
しかしだ。
プリエラが自分を低く見ていたのは、他にも理由があった。
「姉のように、声をかけられることもありませんでしたから」
評価されていたにしても、気付かなくて当然だ。
反論したプリエラだったが――それはセレイスの地雷を踏んだも同然だった。
圧を持って話す言葉、声音、口調。
それらを紡ぐ表情は、柔和な笑みをたたえていたが――プリエラの一言で、笑みに凄みが増した。
笑っているが怒りを感じる――。
セレイスとのこれまでの付き合いから、感情の機微を感じとったプリエラは、反射的に身をすくめた。
「俺が許す思うん?」
「――え?」
「気ぃありそうな者には、手ぇ打たせてもろたわ」
「――――。
――――え?」
「先に見つけたんは俺や。
前は気付きもせんよって、人が磨いたもん、手ぇ出そうとする者には、それなりの対応させてもろたわ」
プリエラ自身は気付いていないが。
仕事仲間としてじゃれあうように、舞踏会でのダメ出しや指導、衣服や化粧、立ち振る舞いに関して、セレイスはプリエラに指導していた。
プリエラも「必要最低限の礼儀作法は身に着けないと」との思いから、セレイスの助言を受けれていた。
――セレイスの要求は「必要最低限の礼儀作法」より高度だったのだが、プリエラは気付いていない。
そうして洗練されたプリエラに、周囲の目が向けられるのに時間はかからなかった。
プリエラの家は上位貴族だ。
家で指導を受けてのものだろうと思われていた。
――実際は、セレイスの指導を受けてのものだった。
そうして注目されたプリエラに、これまで見向きもしなかった者を排除するのは。
セレイスは当然の権利だと思っている。
しかし、そうした意識がないプリエラは、困惑を深めるばかりだ。
「――――。
――――。
――――え?」
頬に触れるセレイスの手を忘れるほど、プリエラは混乱していた。
そうしたプリエラの様子を見ながら、話の流れで、セレイスはふと、思い出した事があった。
「――ああ。
せやけど、あんさんが慕うとうたディーン男爵の次男坊には、何もしとらんよ。
話がないんなら、あちらさんもそのつもりはなかったんやろな」
ディーン男爵の次男坊は、プリエラのいとこだ。
既婚者なので、話があるわけがない。
しかし。
プリエラは物ごころついたころに、五歳年上の彼に淡い恋心を抱いていた。
セレイスが仕事仲間となるまで、異性の中で一番忌憚なく接していた。
「――――っ!!」
不意に告げられた名に、プリエラはカッとなって、セレイスの頬をはたいていた。
パンっ!
――と、乾いた音が周囲に響く。
セレイスは頬をはたかれ、顔をそむけながらも、プリエラの頬に添えた手を離さなかった。
はたかれた瞬間、添えた手に力はこもった。
「あなたは――っ!
何がしたいのですか!」
頬に触れる手を、顔を振って振りほどこうとしても離れない。




