29.セレイス 15
◇◇ ◇◇
信じられないと、アルフィードは慎重に反論する。
理由を聞くと、セレイスも「そらそうやろうな」と納得できたので、問われたことに答えていった。
「突然皇太子と言われても、私には嘘か真実か、確かめられません」
「オーロッドに聞き。あれは嘘が苦手やさかい、すぐわかんわ」
「……我が国に潜入していた時は、素性を隠しとおした方ですが。
嘘がお上手なのでは?」
「そら周囲が事前情報を信じたからやろ。
言われたんに同意してただけや思うけど」
言われて、アルフィードも黙してしまう。
これまで共に行動しながら、オーロッド、プリエラ、セレイスを注意深く観察していた。
確かに、セレイスの言うオーロッドの性格の方が納得できる。
「皇太子様が、なぜこのようなことを」
「それは後で話すわ。
こちとら事情があんのや」
「事情、ですか」
「せや。
例えば『ルーフェンスの巫女ってなんや?』とかな」
「え……?」
「それを知りとうて、ここにおる」
セレイスはルーフェンスの巫女は、国で秘匿されていると話した。
皇族で、それも第一皇位継承者であるセレイスにも明かされていない。
ルーフェンスの巫女の素質があるらしき女性の拉致――その任務に関与することで、内情を探ろうとしたのだと話す。
セレイスは隠すことなく状況を告げた。
国の内情に深く関与する内容は話すのを避けようと思っていたが、今のところ、そこまで深い話にはなっていない。
それでも、アルフィードにはセレイスがそこまで話すとは思っていなかったのだろう。
驚きと同時に、警戒心を体中にみなぎらせていた。
「ルーフェンスの巫女がどういったものか、私は知りません。
その素質があると言われても、容姿が一族と酷似していると言われても、何もわかりません。
セレイス・フォートブル殿下。
あなたは私に何をお求めなのですか?」
不意を打って一度しか告げていない名を正確に、敬称を使用して敬いを持って対応する。
(合格や)
自然と緩みそうになる口元を我慢して、セレイスはアルフィードに答えた。
「おそらく、あんさんは「ルーフェンスの巫女」に祀られるはずや。
そんときに見聞きしたこと、巫女がどういったもんか、俺に教えてほしいんや。
なんもタダでなんぞ、ケチくさいことは言わへん。
俺が知りたいもんは二つある。
それを教えてくろたら、あんさんが逃げる手助けしたるわ」
「そうですか」
アルフィードは、反射的に答えたのだろう。
告げて即、ピシリと硬直した。
しばらく動きを止めていたアルフィードが、ギシギシときしむ音が聞こえそうなぎこちない動作でセレイスに顔を向けた。
「…………今、なんと?」
「逃げる手助けするって話か?」
「言っている意味、わかってますか?」
「わこうとるよ」
「…………すみません。
私が、理解できません」
頭を抱えるアルフィードを、セレイスはけたけたと笑った。
「深読みせんでもええから。
単に俺がルーフェンスの巫女の重要性を知らんだけや。
概要は聞いとるが、それが他国から人攫いして良し、国交間の軋轢を生んでもしゃあないとは思うとらんのや。
仕事の対価に報酬は当たり前やろ。
その話をしとんのや」
愉快そうにセレイスは笑う。
目を細めて、ケタケタと笑いながら――目の奥は笑っていない。
「仕事――……」
アルフィードはセレイスの話を聞いて思慮を巡らせた。
交換条件。
欲しい情報。
教えてくれるなら、逃げる手助けをしよう。
その情報は、アルフィードのように、何かしら該当した者でないと得られないものなのだろう。
セレイスの話は理解できた。
おかしな点もない。
――だが。
「どこまで手助けしてくれるのです?」
自国でも、見知らぬ土地では地理に困る。
逃げるのなら、ある程度、追手をかわせる場所まで助けてもらわなければ。




