13.セレイス 2
緊張と恐れで、高鳴る鼓動を胸元で握り締めた両手で抑えつつ、アルフィードは宿から出る。
日が落ちた夜の刻限だったが、立ち並ぶ店の明かり、露店の照明で、歩くのに不自由さは感じなかった。
夜の街は、アルフィードが経験したことのない喧騒が広がっている。
以前、夜に貴族街の雑貨店を訪問した時とも違った熱気がある。
アルコールを摂取して飲み歩く人々とすれ違いながら、アルフィードは周囲を伺った。
多少の金銭は手元にある。
どこか人目のない路地裏で夜をやり過ごし、日が登ってから乗合馬車で国境に行く。
国境を越えるのは難しいかもしれないが、自分の身元を主張して、サヴィス王国へ打診を求めようと考えていた。
オーロッドが国境を越える時のやりとりは、かすかに漏れ聞こえた会話から把握している。
身元を証明する物――。
アルフィードはオリビアから、側仕えの証しとして指輪を賜っていた。
それは、アルフィードがオリビアの側仕えとなった当初、周囲への牽制、身元の証しとして賜ったものだった。
そうした経緯から、常に身に着けている。
指輪には、サヴィス王国、王族縁を示す刻印が施され、加えてオリビア縁だとわかるようになっている。
(この指輪があれば、身元の保証になる――)
そう、アルフィードは信じていた。
すえた臭い、雑多に行き交う人々。
夜独特のやり取りが行われる店々の前を通り過ぎながら、アルフィードは喧騒から離れた場所を探していた。
――アルフィードは知らなかった。
華やかな場所から離れた場所が、どのような環境なのか。
アンダーダークなやり取りが行われる場所が存在することも知らなかった。
すれ違う人の波、行き交う人とすれ違う時、アルフィードは細心の注意を払っていた。
「肩がぶつかった」
「怪我をした」
……など、誇張した因縁をふっかける、性格の悪い輩が存在すると、アルフィードも知っていたので関わりないよう、注意を払っていたのだが。
薄暗がりの中ながら、人目も人の出入りもない街路地を見つけたアルフィードは、そこでひっそりと夜をやり過ごそうとした。
三階建てと二階建ての宿屋が隣り合う建物の間で、膝を抱えて体を小さくして、目立たないように息をひそめて座り込む。
主要な通りからは賑やかな声が聞こえてくる。
そうした声を聞きながら、アルフィードは膝を抱えて体を小さくしていた。
目立たないように――人目につかないように――息をひそめて。
どれほど時間がたっただろうか。
しばらくはアルフィードの思惑通り、人目につくことはなかった。
人、一人が通れる狭い街路地なので、人の通りも無い。
このまま、日が明けるまでまてば――。
そう思いつつ、深夜の刻限に、訪れる睡魔にあがないきれず、うとうとしているときだった。
「あっれ~~??」
側で聞こえた男性の声に、驚いてハッと意識が覚醒する。
――しかし、その時には手遅れだった。
「――っ痛っ!」
ハッとすると同時に、右腕を掴みあげられる。
座り込んでいた体勢から、急に腕を掴まれ、立たされて。
驚きと恐怖で相手を見ると――年の頃、三十代後半から四十代前半と思われる男性が三人、アルフィードの側に居た。
驚いて――なされるがまま、男性を見るアルフィード。
アルフィードの腕を掴んだ男性は、酔いが回っているのだろう。
赤い顔とろれつの回らない口で、アルフィードに声をかけた。
「こんなところで、一人で、なにしてんの~~?」
話した男性、側にいる同性代二人の男性。
酔いが回っていると思しき三人は、捕まえたアルフィードを見て、けたけたと笑っている。
それが酔った行為だからなのか、普段からそういった行為をする人なのか。
アルフィードにはわからない。




