17.スーリング祭【挨拶】
控室から部屋続きの会場へ足を踏み入れると、視界の開けた広い会場が広がっている。
入学式が行われた会場ほどの広さがあるだろうか。
数百人は優に入れる会場には、入り口から部屋の最奥まで、赤絨毯が直線状に敷かれている。
絨毯の先には数段、階段状に高くなる壇上となっていた。
壇上には豪奢な椅子が設えられ、そこに男性が腰を下ろしている。
向かって左側には男性が、向かって右側には女性が、それぞれ控えるように立っていた。
(あれが国王……)
国王の配置はカイルから聞いていた。
両隣に控えるように立っている二人は、それぞれ王子と王女だとも聞いている。
カイルは伴魂を得てから昨年まで、第一王子の隣にいたと言っていた。
カイルはこれまでに何度か、王族としてスーリング祭に出席している。
王族の立場としてながら、段取りや会場の様子を知っているのは心強かった。
国王まで続く赤絨毯の両脇には、絨毯から十数メートル離れた場所に、不規則に人が立っている。
彼らが上流貴族の面々である。
彼らの先に、セクルトの生徒が左右に分かれて並んでいた。
視線が、カイルとフィーナに集中している。
カイルは濃紺の上着にズボン、白のシャツといった装いだった。濃紺の上着はところどころ、金の縁取りを施され、華やかさを出していた。
フィーナの手をとりながら絨毯を歩き出して少しすると、カイルが小さく何やらつぶやいた。
フィーナにも声が聞こえた程度で、何と言っているかわからない程の小声だった。
呟いて数歩、歩いたところで、わっと歓声が上がった。
控室からカイルの伴魂が羽ばたいたのだ。
赤い色彩の体躯は光の具合によって黄色の色彩も見える。
長い尾羽を優美に翻し、ゆったりと会場を旋回しながら、上方の出窓部分に一度羽を休めた。
会場の視線を集めている間に、カイルとフィーナは歩を進めていた。
カイルの伴魂がもう一度羽を羽ばたかせ会場上空を旋回し、伸ばしたカイルの右腕に降り立った時には、二人は王の前にたどり着いていた。
銀髪、銀の瞳。年の頃、四十代後半と思われる穏やかな笑みを浮かべる男性が、豪奢な椅子にゆったりと腰をおろしている。彼が国王だ。
先にカイルが、国王に最上級の挨拶を送った。
伴魂はカイルの肩口へと移動している。
国王はカイルの父親なのだが、この場は公的な場なので礼儀作法に則って礼をつくした。
カイルに続いてフィーナも最上級の挨拶を送った。
礼を終えると、フィーナは一つの山場を終えた安心感を覚えていた。
挨拶をとちらないようにと、国王も両脇に控える王子王女も、顔は向いているものの視線は眉間あたりを見るようにしていたので、顔をよく見ていなかった。
挨拶を終えるといくらか心に余裕がもてた。
そうした心地でふと、王族面々に目を向ける。
みな銀髪に銀の瞳を有している。血筋からだろうか。
向かって左隣の王子は、国王に似た穏やかな面ざしだった。年はザイルと同じくらい、二十代前半だろうか。彼がカイルの兄だ。
向かって右隣には、やはり国王に似た面ざしの、けれどその中に凛とした強さを持つ女性が薄い笑みを浮かべていた。髪は結い上げてアップにしている。淡い菫色の生地のドレスは、上品な装飾が施されていた。
(銀髪、銀の瞳――オリビア様に似ている――)
オリビアも上級貴族なので、どこかしらで王族の血筋が入っているのかもしれない。
そう思ったものの、フィーナは王女を眺めるにつれ、次第に胸に湧き上がる想いと確信で思わず彼女を凝視していた。
普段、騎士然とした洋装が多いので気付かなかったが、オリビア本人ではないのか。
(オリビア様が王女様!?)
フィーナと目があった王女は、微笑みを深くした。
これまで接してきた騎士然とした様相との違いに、フィーナは内心、戸惑いと動揺を深めていた。
国王がカイルに声をかけていたが、耳に入ってこない。王女がオリビアなのか似ているだけなのか、それが気になって仕方なかった。
挨拶を終えれば、他のセクルト貴院校の生徒と同じように列に並んで、あとは式典の進行にならい、ダンスを数曲踊る。
その後、ダンスと談話時間が少々設けられているが、セクルト貴院校の生徒が参加者なので、長い時間は設けられていないとカイルが話していた。
国王が生徒に声をかけることもないそうだが、カイルとの親子関係で、彼には話しかけているのだろうとフィーナは思っていた。
だから、自分に質問があるとは思っていなかった。
「ところで、そちらの伴魂は見当たらないようだが」
声は国王の左隣に控える、第一王子から発せられた。
国王とカイルが話終え、生徒の列に並ぼうと、フィーナの手を引いた時のものだった。
王子の声に、国王も「そういえば」と口にする。
「珍しい伴魂だと聞いていたな」
「新入生はそなた達二人だけだろう。首席と次席なのだから、伴魂を伴うものだろう」
「それは――」
「カイルではなく、そちらの御令嬢に尋ねているのだが」
カイルが答えようとしたところを、第一王子がやんわりとした口調で遮った。
カイルが戸惑いを含んだ視線でフィーナを見、フィーナも同じく戸惑った視線をカイルに送った。
伴魂に関して、尋ねられることは想定していた。
フィーナとカイルも聞かれた時に答える内容の口裏合わせをしていたのだが、フィーナは上級貴族の面々に聞かれた状況を想定してのものだった。
王族に聞かれた場合は、カイルが答える手筈だったのだが――。
王子から求められているのだから、フィーナが答えるべきだろう。
思いつつ、フィーナは王子の周囲を見渡した。
国王の側には王子と王女だけで、使いの者が一人もいない。
フィーナの視線から王子は考えを汲んで「直接の発言を許す」と口にした。
フィーナは軽く礼をして頭を下げて、カイルと口裏を合わせてた内容を話した。
「申し訳ございません。城内にはいるようなのですが、不慣れな場所故迷っているようなのです」
「迷う?」
フィーナの言葉に、国王が疑問を口にする。
返事に戸惑うフィーナに気付いて、国王も「直接の発言を許す」と告げた。
「気配を辿って向かっているようなのですが、何分、城内は初めての場所ですので、気配だけでは行き止まりに何度も遭遇してしまっているようなのです」
城は攻め入られた時を考慮して、あえて複雑な構造となっている。
それは王族誰もが認識していることで、迷っていることに関しては納得してくれたようだったが、他の疑念を生じさせたようだった。
「行動を共にはしていないのか?」
「……はい」
「伴魂と共に行動しなくとも平気なのか」
「私の伴魂は珍しいようなので、あまり人目につかないようにしているのです」
「陛下」
国王の右隣に控えていた王女が口を開いた。
「彼女の伴魂は珍しいが故、連れ去られそうになった過去があるのです。用心しても無理からぬことだと存じます」
それはカイルにも話していないことだった。
国王が驚いたように「本当なのか」と尋ねると同じく、カイルの表情も本当なのかと尋ねていた。
「……はい。事実にございます」
ドルジェでの拉致未遂は、途中で意識を失ったフィーナは、最後まで事の成り行きを目にしていないが、ザイルの手助けがあったと、白い伴魂から聞いている。
ザイルは元々、オリビアの騎士団の一員だ。
フィーナの伴魂が珍しいので、用心の為、影ながらザイルを護衛につけていたのだろう。
その後、ザイルがエルド家に心酔したのは、ザイル個人の心情だろうが。
護衛をしていた時分の拉致未遂だ。
オリビアも話を聞き及んでいたのだろう。
拉致未遂の過去を知っている。
答えながら、フィーナは確信を深めた。
国王の右隣に控える王女。彼女がオリビア本人なのだと。
オリビアのこと、ようやく出せました。気付いていた方もいらっしゃると思います。明言してませんでしたが、結構、それらしい部分出してたので。
最初考えていた、オリビアの立場をフィーナがはっきりと理解した時の状況は、フィーナが叫んで、オリビアが「あははは」と笑うというのを考えていたんですが、流れ的に無理ですね、そんな行動とるのは。
スーリング祭、まだ続きます。