16.スーリング祭【入場直前】
控室に、手持ちベルを鳴らす音が響き渡った。
音の方に室内の視線が集まる。そこには執事姿の初老の男性が控えていて、頭を下げると側の扉をゆっくりと開いた。
扉の開き具合に伴い、次第に大きく聞こえてくる曲に導かれる様に、それぞれの学年の生徒が扉の方へと足を進める。
最初に扉の前に並んだのは三学年の生徒だった。
続いて二学年、そして最後尾にフィーナとカイルが並ぶ。
差し出されるカイルの手にフィーナが手を乗せて入場の準備を整えた。
カイルのエスコートを受けながら、フィーナは次第に強くなる胸の鼓動を感じていた。
これまで、王族も上流貴族も意識していなかったのだが、身近に迫ると我知らず、体が緊張感に包まれる。
三学年生から名を呼ばれて入場していく。
次がフィーナとカイルの番になったとき、緊張は最高潮に達した。
(間に合わなかった……)
胸の内で自身の伴魂を呼び続けていたのだが、近くに気配を感じない。
サリアも手助けしてくれたものの、時間が足りなかった。
敷地内に伴魂の気配は感じる。城内ではないものの、近い場所ではあった。
ただ、呼び声に反応してのものか、気まぐれで散歩しているのか、判別がつかなかった。
上級生が入場する度に、会場から歓声が起こる。
最初はなぜかわからなかったが、直前の上級生が入場した時に、状況を理解した。
自身の伴魂を披露するように、入場していたのだ。
スーリング祭に参加する生徒の伴魂は、色彩鮮やかな伴魂ばかりだ。
――スーリング祭の最初の見せ場でもある
そう言っていたカイルの言葉をフィーナは思い出していた。
同時に、自分の考えの甘さを痛感していた。
これまでネコとは、何度も口げんかをしていた。
数日経てば何事もなかったように、これまでと変わらない関係となっていたので、今回の口げんかも特に気にしてはいなかった。
不機嫌が長く続くとは考えていなかったのだ。
スーリング祭に参加することになって以来、目まぐるしい日々の中、伴魂との仲まで意識が向かなかったのだが、そのうち、いつものようにそれまでと変わりない関係に戻れると思っていた。
呼べば応じてくれると思っていた。
数日前から今も、これまでにない強い想いで、自身の伴魂を呼んでいるのに、側に来てくれない。
気配は感知できる範囲内にあるのだが、離れているから細かな感情までわからない。
(このまま来てくれなかったら――)
そう思うと、フィーナは言いようのない不安に駆られた。
それは他の者だったら「ありえない」と歯牙にもかけない不安だった。
伴魂は主の魔力を生の糧とする。離れることも主の意思に背くこともあり得ない。
主に背くこと、それは生の糧を失うと同義だからだ。
それが伴魂に対する通常理念だった。
(でも――)
フィーナは、薄々感じていた。
数日でも主と離れていても大丈夫な伴魂。
人語を介して魔法に関しての知識に長けている獣。
目にしたことはないが、おそらく自身で魔法を操ることも可能ではないかと思える生物。
伴魂の理念に当てはまらない、空色の瞳を有する希少な白い体毛の生命体。
伴魂は主の魔力を糧とするため、主に従順なのだが――。
(――私の魔力を、糧にはしていない)
それがなぜなのか、どのように生を維持しているのか、魔力を得ているのか。
フィーナにはわからないことばかりだったが、薄々気付きながら、それらを敢えて直視しないようにしていた。
気付けば、自分が必要不可欠の存在ではない不安を抱くことになる。
確信してしまうと、いずれ離れていくかもしれない不安を抱えることになる。
……そうした不安から、目を逸らしていたかったのだ。
考えごとに意識を取られていたフィーナは、強く握られた手に、はっと意識を取り戻した。
手の方を見ると、隣にいるカイルと目が合った。
様子を伺うカイルも、緊張に包まれている。
自分たちの番が近いのだと感じて、フィーナは一度強く目を閉じた。
そうした後、目を見開いて気持ちを切り替える。
やがてカイルとフィーナ、二人を紹介する声が室内に響いた。
「一学年生代表、カイル・ウォルチェスター第二王太子殿下、フィーナ・エルド様」
声に応じて、二人は会場へと足を踏み出した。
今回は少し短めです。
うーん。やっぱりなかなか書けないです。
フィーナの心情が少し書けました。
気づいてたけれど、見ないふりしてたものに関してです。
いつか書こうと思ってましたが、なかなか書くタイミングがなくて今になりました。
話の流れでは、もう少し先になりそうだったんですけど。
舞踏会は「開催」までは大まかなプロット的に考えてて、織り込もうと思っていたことがいくつかあるんですけど、内容がぼんやりしてたこともあって、なかなか書き進められませんでした。
ようやく情景が動きをもって見えてきたので、少しは書きやすくなったかな。と思います。
※カイルの呼び名を少々変えてます。(皇太子→王太子)(2019.5.8)