15.スーリング祭当日【開催直前】
セクルト貴院校は、国唯一、王城敷地内に建設された学び舎である。
始まりは王族、上級貴族の学び舎として建設され、長い年月の中で次第にその門戸先が広がっていった。
そうした中、セクルトで優秀な成績を修めた生徒が、後々、中央政権でも地方役所でも、重要な役職に就く状況が続いたことから、成績優秀者を卒業当初から重用する動きが出てきた。
過去の経験から、優秀な人材と早い段階から接触を求め、自身の部署へと望む貴族籍の輩も増えたことから、顔合わせ的名目で舞踏会が行われることとなった。
それがスーリング祭の始まりである。
スーリング祭の主体はセクルトの生徒だ。
生徒らによる知識不足による少々の無礼は許されているものの、それにも限度はある。
必要最低限の礼儀作法は必要だった。
舞踏会は城内の一室で催される。
王族、上級貴族、セクルト選抜生徒と、人数的はこじんまりとした舞踏会ながら、生徒以外の参加者は特別待遇を有する身分の者ばかりだ。
スーリング祭当日。舞踏会は夜開催が一般的だが、参加者に学生がいることを考慮して、昼食を終えた時間に行われることとなった。
フィーナは軽食を済ませた後、オリビアから手配された使用人に身支度を整えられ、エスコート相手であるカイルと共に控室で待機していた。
スーリング祭では、会場入室の手順も決まっている。
王族、上流貴族が入室している中、セクルト貴院校生徒が、三学年生から二学年生、最後に新入生の順に、学年と名前を紹介されながら、入室していた。
控室にはサリアも付いてきてくれている。
舞踏会には参加できないが、直前まで「わからないことがあったら聞いて」と控えてくれていた。
それほどフィーナの常識と貴族界の常識が異なる場合が多々あり、女性ならでわの習慣も数多くあったのだ。
控室はセクルトの生徒が合同で使用している。広い室内には、三学年、二学年、新入生と、十分な間隔をもって準備され、それぞれの使用人がついていた。
学年ごとには距離があるため、顔がわかる程度で話声は聞こえない。控室入室時に軽い挨拶をしただけで、それ以後、他学年と話すこともなかった。
と、言うより、舞踏会に向けて最終的な打ち合わせをしているようで、他に気を遣う余裕がないようでもあった。
カイルが第二王太子と知られているようで、カイルにはどの生徒からも最上級の挨拶が送られ、側にいるフィーナには興味深い眼差しが送られた。
「……ねぇ」
室内にいる他学年の生徒を見て、フィーナが隣の椅子に腰かけるカイルにそっと声をかけた。
「人数、多くない?」
新入生はフィーナとカイルの二人だけが正装に身を包んでいるが、二学年生も三学年生も男女二人ずつ計四名、正装に身を包んでいる。
それぞれ、用意されている椅子やソファに腰掛けて、使用人に指示を出したり、打ち合わせらしき話をしているようだった。
ざわざわとさざめく声は聞こえてくるものの、話している内容まではわからない。
遠目に見ても、気楽な談笑をしているような、穏やかさは見られなかった。
緊迫感をひしひしと感じていた。
スーリング祭に参加するのは各学年、首席と次席の成績者と聞いていたのだが。
尋ねるフィーナに「ああ」とカイルはそれぞれの学年をちらりと見て答えを告げた。
「首席と次席が同性だったんだろ」
カイルによると、首席次席の出席は絶対なのだが、そうなると、同性がどちらも取得する可能性がある。
カイルとフィーナのように、首席と次席が男女別なら、二人がパートナーとなるが、同性だった場合は、それぞれがパートナーを準備する必要があるそうだ。
カイルの話によると、二学年生も三学年生も、首席次席を男子生徒が取得しているそうだ。
新入生の上位成績順は公になっていない。挨拶をしたカイルが首席、フィーナが次席と思われているようだった。
「そうなんだ」とフィーナは納得しつつ、周囲を見渡して、朝から感じていた不安が徐々に強くなっていった。
同伴者期間は二日ほど前に終了しているので、ザイルとは会っていない。
もうしばらくオリビアの騎士団に身を寄せて、フィーナとアルフィードの休日にあわせてドルジェに帰ることになっていた。
フィーナは今度は側にいたサリアに小声で尋ねた。
「みんな伴魂連れてる?」
カイルは伴魂を、鳥籠に入れて伴っている。
少々黄色がかった赤い色彩の美しい、長い尾羽が特徴的な鳥だった。
他の生徒も、側に伴っていたり、篭等に入れたりしているのが見受けられる。
「そうね。パートナーの方も連れてるみたいだけど」
それがどうしたのかと、フィーナの問いに首を傾げたサリアが、ふと「そう言えば」と口を開いた。
「フィーナの伴魂は?」
舞踏会の礼儀作法やダンスの練習、衣装や出席する上流貴族方の名前や称号、基本的な職務等を学ぶのに気をとられて、しばらくフィーナの伴魂を見ていないことに気付いた。
魔法の授業や授業には時々出ているので、見かけない意識はなかったのだが……舞踏会練習時に見たことがない。
「もしかして」と不安を感じながら告げた問いは、フィーナの答えで確信に変わる。
「呼んでも来ないの……」
「なんだと?」
二人の会話はカイルにも聞こえていた。
顔を強張らせるカイルに、フィーナは「やっぱり、まずいよね」と引きつった笑みを浮かべる。
「準備してたんじゃないのか」
「ここ何日か、呼んでも来なくって……。
呼んでも来ないこと、時々あったから気にしてなかったけど。
『呼んでも来てくれません』――って言い訳でも大丈夫かなと思ってたから。
こんなに長い間、呼んでも答えてくれないとは思わかったし。
……そんなに怒ってるなんて……」
「怒る?」
眉をひそめるカイルとサリアに、フィーナは不承不承、つぶやいた。
「サリアとの部屋に移ったことで、ケンカしちゃって……。個室がよかったみたい」
伴魂とケンカなどありえるのか、なぜ伴魂に部屋の好みがあるのか、主の選択に伴わないなどあるのか、主と長い間離れていても大丈夫なのか――。
カイルもサリアもつっこみ所は多々あったものの「とにかく」と打開策を講じようとした。
「やっぱり、伴魂いないとまずい?」
「まずいどころの話じゃない。自分の伴魂を制御できないと判断されれば落第ものだ」
伴魂を会場に伴わなければ、その理由を問われるだろう。
フィーナが今答えたことを同じように答えた場合、即アウトだ。
「どこにいるのか、心当たりはないのか?」
「えー……」
カイルに聞かれて、フィーナは考え込んだ。
一緒にいないとき、伴魂がどのように過ごしているのか、考えたこともなかった。
自由気ままにぶらぶらしているのだろうとしか思ってなかったのだ。
ドルジェにいるころなら想定できたのだが、セクルトに来て日が浅く、共に行動しないときはどこで何をしているのか、お気に入りの場所はどこなのか、本当にわからなかったのだ。
考えている時「あっ!」と思いついた。
「ザイルならわかるかも!」
「「なぜ主より同伴者が詳しい」の!?」
名案だと思い付いたフィーナに、カイルとサリアは同時に同じ指摘をいれる。
「だって――」と尻込みしつつ、フィーナは自身の思いを告げた。
「授業中、一緒にいないときはザイルと一緒にいることあるみたいだし、セクルトに来る前から仲良かったし」
ドルジェで会話していたし、白い伴魂から魔法の指導を受けてた。……までは話せなかったが、フィーナの言葉をサリアとカイルはそれぞれで判断した。
二人とも、フィーナの伴魂の珍しさを知り、必要以外、人の目に触れないようにしているのを知っているので、そうした時に、以前からの知り合いであるザイルを頼っているのだろう。と想定していた。
フィーナの言うことにも一理あるので、ザイルの居所を聞くと、カイルはついていた護衛の一人を、オリビアの騎士団の元へと遣わそうとした。
カイルの護衛は3人いた。
が、カイルの護衛として付いているので、いくら本人の命令だとしても、戸惑っている様子が見受けられた。
フィーナもサリアも、それはやめた方がいいとわかる。
「私が行きます」
サリアの申し出に、カイルが眉を寄せた。
「通してくれないぞ?」
カイルが護衛を派遣しようとしたのは、彼らも騎士団の一員で互いに顔を見知っているだろうから、顔パスで中に入れるとの判断があったからだった。
サリアもその状況は想定している。
「ですから。ザイル様に用があるから通すようにとの書面を下さい」
サリアの申し出にカイルもハッとして、それに従った。
走り書きを手渡して、身に付けた装飾品の中から、目立たない場所の金ボタンを一つ取り、サリアに手渡す。
金ボタンには国紋が刻印されていて、王族の持ち物だと判別できた。
専用の印もないので、そのボタンで書面が確かなのだと示そうとしたのだ。
書面とボタンを受け取ると、サリアはすぐに行動に移した。
足早に控室を出たサリアに、何人かが「何事か」と視線を向けていた。
サリアが動いてすぐ、カイルはフィーナに向き合った。
「思いつく限りの言い訳を出せ」
嘘でも何でもいい。
欲しいのは誰もが納得する理由だ。
フィーナが上げた中からカイルが選りすぐり、万が一、間に合わなかったときにきちんと説明ができるよう、理由を覚えこむ必要があった。
そうして。
スーリング祭開催の刻限が訪れたのである。
やっぱり難産です……。
当初、スーリング祭から書き始める予定でした。
今でも説明文、結構あるのですが、これを最初に持ってきてたら、説明ばかりになってましたね。
話がすすまなかったです。
サリア、最初、控室に同席する予定ではなかったのですが、まさかの必要人員になってます。
サリアが控室同席でなく、ザイルの同席を考えてたときもありましたが「同伴者期間過ぎてるし、部外者だし」との判断で、控室同席はやめました。