14.明らかとなった事情
「昨日今日で始めたことを、すぐにやりこなせるわけないでしょう!?」
カイルと共にスーリング祭の舞踏会でのダンスの練習をしていたのだが。
慣れない動きに四苦八苦するフィーナに、カイルは「そんなこともできないのか」と苦言を呈するだけだった。
助言を言ってくれるわけでもなく、改善方策を提示してくれるわけでもない。
叱責ばかりのカイルに、フィーナは我慢の限界に達した。
爆発したフィーナを、付き添っていたザイルもサリアも「仕方ない」的な心地で見ていた。
ぶつけられた本人だけが、想定外のフィーナの言動に面食らっていた。
「な――っ!」
「ザイル! セクルトの理念『身分の違いは関係なく、同学年同士対等』って、放課後も有効!?」
「もちろん」と、フィーナに問われたザイルは即答する。
確証をとったフィーナは、今度はカイルに問い掛けた。
「セクルトの理念は建前でしかないのですか!?」
セクルト貴院校は歴史も古い。
王族が昔、貴族の子女の学び舎だったセクルトに、市井で神童とうたわれた児童を受け入れた折に、限定的ながら庶民への門戸も開かれた。
その際、さまざまな状況を鑑みて――当時、身分差によって正当な成績が見えない状況も考慮して――『身分の違いは関係なく、同学年同士対等』と謳ったのは、他ならぬ、王族だ。
自身らの理念に、自身らが砂をかけるのかと問うフィーナに、カイルは言葉を詰まらせた。
カイルとしては口に出さないものの、理念は理念、暗黙の了解として身分差に応じた対応はなされるものとの思い込みがあった。
そうした部分をフィーナに突かれ、身分に応じた対応をするべきだとの自身の心情を持ちながら『身分は関係なく対等』と建前を掲げるカイルは、ぐうの音も出ない。
「何が気に食わないのかわかりませんが、私をスーリング祭参加に巻き込んだのはあなたでしょう? 責任は感じないのですか?」
「責任?」
何のことだと眉をひそめるカイルに、フィーナはひくり、と引きつる頬をどうにか隠すことができた。
「スーリング祭を滞りなく執り行うことです」
そのためにはフィーナが必要最低限、ダンスを踊れるようにならなければならない。
スーリング祭の段取りを聞いたところ、二曲はエスコートの相手と踊る時間がとられている。
その後は踊る踊らないは個人の自由だが、その二曲は避けて通れないものだった。
フィーナの言葉に、カイルは眉を寄せた。
「何を言う。スーリング祭の準備を怠ったのはそちらだろう。なぜこのような簡単なものも踊れない」
「準備――?」
「本来の主席合格なのだから、スーリング祭出席はわかっていたはず。
ドルジェの聖女も為せたことだ。そなたができないわけがないだろう?
……それとも、スーリング祭に出席できない。代表挨拶もできない。代わりに首席然としている輩がいるが、本当の首位は自分なのだと嘲笑っていたか?」
皮肉げに顔を笑うカイルに、フィーナは目を瞬かせた。
言っている意味をわかりかねた。
同じく、状況を見ていたザイルは「なるほど」とつぶやいて、フィーナが理解できずにいたカイルの言葉の意味を理解していた。
「殿下」
遠巻きに眺めていたザイルが側に来て、カイルに話しかける。
「アルフィード嬢とフィーナでは状況が違います。
アルフィード嬢がスーリング祭に出席したのは、三年進級時です。
セクルトに在席する二年の間に、ダンスの素地や舞踏会での風習など、学ぶ時間は十分ありました。成績も年間を通してのものですから、ある程度の予想は付けられるので、数ヵ月前から準備可能です。
しかしフィーナは状況が異なります。
学ぶ場もありませんでしたし、なにより、自分の成績をセクルトに来るまで知らなかったので準備する時間などありませんでしたよ」
「……なに?」
ザイルの言葉に、カイルが眉をよせる。
「首席と次席にはあらかじめ通達が行くのだろう?」
「それは代表挨拶とスーリング祭準備があるためです。どちらも準備が必要ですからね。
フィーナはどちらも該当しないはずでした。
大前提として、貴族籍が受ける試験と、市井の試験と、内容が異なるのです。
学んでいた内容が異なるのですから、当然と言えば当然なのですが、通常、市井の民が首席になることはありえません。
一つのミスがなくともありえません。
点数配分が異なるのですよ。
貴族籍の試験は100を満点とするなら、市井の試験は80を満点とする。数字は異なるかもしれませんが、そのような方式をとっていると聞いています」
セクルトは貴族の子女が通う学び舎である。
貴族籍の子女を対象とした授業が組まれている。
市井の民には必要のない学問も多いため、あえて狭き門としている。
そうした学力がなければ、入学してからも続かない。
セクルトが市井の民を受け入れているのは、優秀な人材を中央に引き立てるためだ。
市井の民としても、卒業できれば地方役人としての門戸は確実だ。
セクルトの授業は役人となる教養も含んでいた。
ザイルの説明を聞いて、カイルはますます眉を寄せた。
護衛の二人も聞いたことのない入試事情だったのだろう。
顔を見合わせ、小声で話している。
「ではなぜエルドが?」
「殿下はフィーナを目の敵となさっておいでですが、怒りをぶつける相手をお間違いになっているかと。
先ほど申し上げた内容で、ではなぜフィーナが首席となるような点数を出すことができたのか? 御存じのように、回答用紙には順位判別の細工がなされているので、点数には手心を加えられません。
……良くも悪くもできないのです」
「――まさか」
声はカイルの護衛の一人から上がった。
「試験問題が市井のものでなく、貴族籍のものだった……?」
信じられないように呟く護衛の一人に、ザイルは頷いて肯定を示した。
「バカなことをしでかした輩は、相応の処分を受けたそうですが。フィーナは被害者ですよ」
告げるザイルの言葉とは別なことに、その場にいた面々は驚きを隠せずにいる。
「その試験を解いたのか?」
カイルに問われて、フィーナは尻込みしつつ「……はい」と答える。
「市井で学んでいた内容と異なると聞いていますが、解けたのですか」
と、カイルの護衛の一人が尋ねてくる。
フィーナは当時を思い出していた。
「中児校で学んだ内容はほとんどなかったと思います。セクルトの試験なので、こうした物なのだろうと思っていました」
「なぜ解ける」とカイル。
「なぜ?」
「学んだ内容ではなかったんだろう?」
問われてフィーナは「うーん」としばらく考え込んだ。考えても、説明できる答えはそうはない。
「知っていたから、解けてしまったからとしか……」
後にフィーナの勉学事情も明らかとなるのだが、この時は成績に関してはここで話が終わった。
「カイル殿下の思惑がわからず、戸惑うところもありましたが。誤解は解けたということでよろしいでしょうか」
ザイルの言葉に、カイルは渋々ながら同意を示した。
そのカイルを見て、ザイルは笑顔を浮かべた。
付き合いの長いフィーナは、笑顔の奥で考えるザイルの思考に勘付いて、引いてしまう。
「言質をとった」と言わんばかりのザイルは、それからカイルにフィーナへの謝罪を求めた。
カイルは目を丸くして言葉に詰まっている。
お付きの護衛二人も「それはいかがなものか」と止めたのだが、ザイルは、オリビアを含め、フィーナのスーリング祭出席を止めた輩が多数いたのに、カイルがそれを押し通したこと、勘違いからフィーナに険のある対応をとっていたこと、併せて多大な迷惑をかけている自覚を持つべきだ、そして――ここがセクルトであることを並べ立て、謝罪せざるを得ない状況へと話を運んだ。
フィーナも「セクルトの理念」を持ちだしていたので、ザイルを止めることができず、成り行きを見守ることしかできなかった。
結果、カイルは「申し訳なかった」と一言だが謝罪を述べ、ザイルもそれで良しとした。
それから、スーリング祭に向けた段取りを、本格的に練り上げることとなった。
ダンスを見ていたサリアが、寮室で、彼女が覚えられた範囲内だが練習を手助けすると申し出てくれた。
ダンスに不慣れなフィーナには、この上なくありがたい申し出だった。
それからスーリング祭への一月余り。
ダンスの修練から衣装の準備、衣装が出来上がって身につけてからの、ダンスでの動き具合。
その他、舞踏会でのマナー享受など、放課後は目まぐるしい日々を送った。
その間、フィーナは伴魂と魔法の授業の時しか接触せず、その時も必要最低限のやり取りしかしない、冷戦状態は続いていた。
多忙な時期だったので、フィーナはその状況に関して特に思うところはなかった。
スーリング祭が間近に迫ったある日。
「そう言えば」とカイルはフィーナに尋ねた。
「伴魂はどうする?」
「どうするって?」
その頃には、互いに敬語を省いた会話をするようになっていた。それほどケンカする機会も多かった。
首を傾げるフィーナに、カイルは「スーリング祭は伴魂同伴だ」と告げる。
「カイルは?」
以前は「殿下」と呼んでいたのだが、いつしかカイル自身がそれを渋りだして、結果、フィーナもカイルも名で呼び合うようになっていた。その仲にはサリアも加わっている。
「肩に乗ってだろうな」
カイルの伴魂は鳥なので、そうした形となるだろう。
フィーナの伴魂は肩に乗るには大きすぎる。
「足元かな?」
無難な形式を口にすると「魅せ方も重要なんだ」とカイルは助言した。
「スーリング祭の最初の見せ場でもあるからな」
「目立ちたくないんだけど……」
「地味すぎるのも逆に目立つが」
「……うぁ……」
フィーナはどうしたものかと悩みつつ。
スーリング祭を迎えることとなったのである。
苛立ち爆発のフィーナです。
一応、カイルの理不尽な、一方的な敵対心は晴れました。




