13.スーリング祭の準備【ダンスの練習】
「なっ、なぜ! そんな簡単なこともできないんだ!?」
セクルト校内のダンスの修練場で。
息を上げながら声を荒げるカイルに、フィーナは堪忍袋の緒が切れる音を、脳裏の奥で感じた。
「できるわけないじゃないっ!」
爆発したフィーナを、付き添っていたザイルもサリアも「仕方ない」的な心地で見ていた。
ぶつけられた本人だけが、想定外のフィーナの言動に面食らっていた。
スーリング祭でのダンスをカイルと練習していた折。
告げられる苦言の数々に、フィーナの我慢は限界を達したのであった。
◇◇ ◇◇
「明日の放課後、ダンスの実習室に」
不機嫌を顔に張り付けたカイルに告げられたのは、一日の授業を終えた、まさにその時だった。
告げられたフィーナは、目を瞬かせて周囲を見渡した。
寮に戻る身支度を整えている時分に、隣の席のカイルがフィーナの傍らに立って、ぼそりとつぶやいた。
独白ともとれるつぶやきだった。――カイルがフィーナの側に立ち、見下ろしている状況でなければ、独り言として聞き流していただろう。
もしや自分に言われたのだろうか。
人違いを考えて周囲を見渡したが人影はない。
フィーナが戸惑っている間に、カイルは返事を聞くこともなく、その場を後にしていた。
戸惑いながらも、フィーナは迎えに来たザイルにカイルが告げた内容を話すと「ふむ」と考えたザイルは同行すると告げた。
ザイルに同室のサリアにも伝えておくようにとも言われた。
帰りが遅くなるだろうから、心配させないようにとの配慮だった。
「殿下と?」
話を聞いたサリアも少々考えて「同行する」と言いだした。
スーリング祭の件だろうと、鈍いフィーナにも察しはついていたので、サリアの同行はありがたい申し出だった。
サリアも貴族の嗜みとしてダンスの享受を得ている。先達者が同行してくれるのは心強かった。
オリビアがスーリング祭の準備で部屋を訪れた際、カイルから練習の誘いがあるだろうと聞いていた。
最初の数曲はエスコートするカイルと踊る事になるので、練習していたほうがいいだろうとの話だった。
フィーナとしては気が進まない相手だったが、他にスーリング祭に参加する新入生がいないので、選択の余地はない。
自分を厭う相手と行動を共にすることを考えると、気が重くなった。
そうした翌日、迎えに来たザイルと共にクラスの違うサリアと待ち合わせをして、ザイルに案内されてダンスの実習室へと足を運んだのだが。
「どの部屋です?」
ザイルが案内したのは、普段、授業を受ける校舎を出て、東側に配された建物だった。
何階あるのかと見上げる大きな造りの建物は、内部に足を踏み入れて「何部屋あるの?」と驚く広さを要していた。
聞けば、ダンスの実習室だけでなく、様々な多目的室があるのだという。
ザイルに聞かれて、フィーナは「え」と驚いた。
「一部屋じゃないの?」
「どの部屋か、聞いてないの?」と、サリア。
フィーナは頷いて「放課後、実習室に」と聞いただけだと告げた。
サリアとザイルは顔を見合わせて呆れていた。
「ごめんなさい」
自分の思慮の足りなさを恥じるフィーナに、二人は首を横に振る。
「違うの。カイル――殿下の配慮に呆れてるの」
フィーナは実習室の存在を知らなかった。
実習室は生徒に開け放たれているが、事前に申込が必要だ。
カイルが段取りしたのだから、部屋がいくつもあったのは知っていただろう。
どの部屋かを伝えなかったのは、カイルの落ち度だ。
結局、一部屋一部屋、ノックして確認するという、非常に手間取る方法をとる事になった。
カイルが準備した部屋にたどり着いたのは、六部屋目を確認した時だった。
扉を開けて応対したのは、カイルではない青年だった。
ザイルより年下の、カイルより年上の、そんな年頃だ。
彼はフィーナとザイルを見て、中に招き入れてくれた。
学び舎の教室一部屋ほどある広さの修練場には、カイルとドアを開けてくれた青年、それともう一人いた。
ドアを開けてくれた青年も、カイル以外のもう一人も、護衛なのだろうと想定できる。
二人とも、ザイルと似た騎士然とした衣装に身を包んでいた。
ザイルとも顔見知りらしい挨拶も交わしていた。
「遅い!」
腕を組んでふんぞり返るカイルは、入室した3人に開口一番そう告げる。
フィーナはザイルとサリアが同行すると、あらかじめ話してカイルから了承を得ていた。
「どれほど待たせる! 授業を終えてだいぶ経っているぞ!」
唐突なカイルの物言いに、フィーナは内心むっとしていた。
時間がかかったのはカイルが伝えた情報不足の為ではないか。
さすがに「王太子殿下」とわかった今、フィーナはぐっと我慢していたが、隣にいたザイルがため息交じりに告げてくれた。
「殿下がどの部屋か、伝えてくれていればもっと早く着けたのですが」
暗に「聞いてなかったから時間がかかった。言ってないそちらのせいでは?」と含んだ物言いをしている。
それを聞いた護衛二人も「え」と驚いていた。
「どの部屋か、伝えていなかったのですか?」
「そりゃ、殿下が悪い」
二人はカイルと親しいようだ。
二人の言葉に、カイルも自身に否があると思い至ったのだろう。
が、認めたくなかったようで「聞かない方が悪い!」などと言いだす。
フィーナもザイルもサリアも「無茶振りだ」と思いつつ、権力者に立てつくのは賢明と思えなかったので、そこは敢えて何も言わずにいた。
それからフィーナとカイルの舞踏の練習が始まった。
……のだが。
フィーナは舞踏会のダンスで用いられる基本的な足運びや姿勢は、ザイルとアルフィードに教わっていたが、あくまで基本中の基本だ。人と踊れるものではない。
結果、何度もカイルの足を踏んでしまうし、よろけて転びそうになってしまう。
カイルはザイルから事前に、踏まれても衝撃を和らげる細工を施した靴を渡されていた。
履き替えるよう勧められ、首を傾げながら言われるまま従ったおかげで、何度も足を踏まれても、何も施されていない靴よりましな状態であった。
それでも、踊りがままならないのは変わりない。
フィーナは間違えるたびにカイルに叱責され、ののしられ続けた。それでも指導があるのならフィーナも我慢できた。
カイルは失敗を叱責するだけで「どこをどうしたらいい」とは話してくれない。
スーリング祭に参加することになった事情を知っているだけに、フィーナも我慢の限界に達して、冒頭のように、怒りを爆発させたのだ。
スーリング祭の準備です。
フィーナ、我慢できずに爆発しちゃった回です。
アルフィードなら相手の苛立ちを受け入れてそつなくこなし、時間をかけて相手を認めさせるでしょうが、フィーナは我慢ができずに爆発してます。
姉妹ながら性格が違うとこかなぁ。と思いながら書いてました。