12.水面下の準備
年号、令和に変わりましたね~。
まだ実感ないです。
「最近、話し方が粗暴よ」
アルフィードは前から気になっていたことを、オリビアに告げた。
気になってはいたのだが、体外的にはきちんと分別を踏まえているので、注意するほどではないと思っていたのだが。
オリビアが受け持つ騎士団とのやり取りが、日増しに粗雑になっているように思えてならない。
……気のせいではないと、アルフィードは思っている。
騎士団に所属する面々は、オリビアに対してきちんと敬語を用いているのだが、約一名――と言うより一人だけ――それを成さない人物がいた。
オリビアも許しているので、アルフィードからは何も言えない。
けれど、オリビアに影響してくるなら話は違ってくる。
「ほお?」
鍛練の休憩中、アイスを口に頬張りながら、傍らに立つアルフィードを見上げて、もごもごと話すオリビア。
アルフィードは眉間にしわを寄せて、思いきり眉をひそめた。
(――まずい。やりすぎた)
オリビアがそう思った時には、ペシン、と軽く額を叩かれていた。
「あた。」と漏らすオリビアに、アルフィードはペシペシペシペシ、と額を叩き続ける。
「ちょっ。痛――くはないけど、アル、やめて」
「知りません」
つん、とした返事をしつつも、アルフィードはそこで手を止めた。
解放された額を撫でつつ、オリビアはうつむくアルフィードに首を傾げて声をかけた。
「どうかした?」
「――リヴィは、どうしてあの人を重用するの」
リヴィはオリビアの愛称だ。
宮仕えを始めてから、アルフィードはオリビアの愛称を口にすることはなくなったが、こうして時折、口にする。
それは私的な面が強い時だった。
アルフィード本人は使い分けているつもりはないようだが、使い分けて呼ばれた当人には、それが私的なものかどうか、何となくだが感じ取れていた。
アルフィードの言う「あの人」も誰を指しているか、検討はついている。
そう言えばと思い至る。
「アルはシンが嫌い?」
シンが騎士団に入った当初、感じたことを思い出しながら告げると、アルフィードは明らさまに動揺した。
「嫌い、とかじゃないけど――」
オリビアに問われて、アルフィードは考えた。
嫌いじゃないのは本心だ。素行に難ありだが、武芸に関しては詳しくないアルフィードでも、鍛練の様子からシンの特異性には気付いていた。
それがオリビアを含める騎士団の糧となるのはわかっているので、彼を排除しようとは思っていない。
けれど。
彼の自由奔放な素行は、自分を律することで居場所を得てきたアルフィードにとって、神経を逆なでする事柄が多かった。
妹のフィーナも天真爛漫な所はあるが、それとは種が異なる。フィーナは作為のない行動なのだが、シンはわかっていながら敢えて行動をとる所が見受けられた。
それなのに。
騎士団の面々に受け入れられ、オリビアの信頼も得ている。
……だったら。
型にはまった行動しかできない自分は、必要とされるのだろうか……?
騎士団の面々と、親しげなやり取りをするシンを見ていると、胸の奥が焦げる想いを抱いてしまう。
シンがアルフィードを「何か怖い」と告げてから、彼はアルフィードと接点がないように行動している。
接する時があれば、アルフィードにはきちんと敬語で対応する。――オリビアには敬語を使わないのにだ。
相手に合わせて対応できるところに年の功を感じ、自身のふがいなさをアルフィードは痛感していた。
オリビアはアルフィードの悩みを、深くは理解していなかったが、何に対して悩んでいるのかはわかっていた。
「アル」
呼びかけて、両腕を強く握りしめた。傍らに立つアルフィードを、真摯な眼差しで見上げる。
「もし、アルかシンかを選べって状況になった時は。私、迷わずアルを選ぶから」
告げられたアルフィードは、目を瞬かせた。
そんな話をしていただろうか――。
疑問に思いながらも、オリビアが自分の不安を感じて理解してくれての言葉だと思えた。
感情の些末な機微も理解してくれるオリビアがありがたい。
誰か一人でも「そのままでいい」と自分を認めてくれるのが、どれほど心強い事か。
そうしてオリビアとアルフィードがひとしきり友情を深めてしらばらくして。
オリビアが「あ、そうそう」と少し忘れていたことを話す程度の軽い口調で、オリビアに話しかけた。
「フィーナ、スーリング祭に出ることになったから。いやー。出なくていいように、いろいろ手を回したり策を練ってたんだけど、バカがバカなこと、やらかしてくれたもんでね」
「――だから、言葉づかい悪いって言ってるでしょう」
アルフィードは注意した後、はた、とオリビアが告げた内容に当惑した。
「……フィーナがスーリング祭? なぜ?」
「それだけ成績よかったから」
「けど、市井の入学試験と、貴族籍の入学試験、内容が違いすぎて比べようがないから、上位受賞者は貴族籍出身になってる。……って……」
「フィーナは貴族籍の試験問題で好成績出しちゃったの。別のバカな輩がバカなことしたもんでね。『策士、策に溺れる』って、こういうときいうのかしらね」
よくわからなかったが、内容としては、市井出身のフィーナに貴族籍の試験問題が出されて、何も知らないフィーナはその問題を解いて、好結果を出してしまった。
……と言うところか。試験結果は魔法が絡んでくるので、人の柵で結果の変更ができなくなったのだろう。
そうした試験問題を解いて、好成績を出したフィーナにも驚きだが。
試験結果に手心は加えられないが、スーリング祭出席はどうにか食い止めようと、オリビアが手を尽くしてくれたらしいが、何かしらの事情があって、止められなかったのだろう。
ちなみに誰の妨害かと尋ねると「カイルのバカ」とオリビアはため息交じりにつぶやいた。
オリビアの答えに、アルフィードは納得した。当事者であるがために、複雑な心境なのだろう。
それからオリビアから、フィーナのスーリング祭の準備の相談と頼みを聞いて、アルフィードは了承した。
フィーナのスーリング祭出席を阻止する手筈を講じながら、万一の為に、出席する準備も同時に進めていたのだという。
「止められなくてごめんね」
申し訳なさそうに告げるオリビアに、アルフィードは「とんでもない」と首を横に振った。
「こちらが申し訳ないくらいよ。フィーナの準備を手配してくれて、ありがとう」
それからオリビアとアルフィードは、衣装や小物関係の準備に関して、使用人の針子や生地や小物を扱う商人と、段取りを進めた。
外身を着飾る方策は目途がついたが、問題はフィーナの修練である。
舞踏会なので、最低でも数曲は踊れるようにならないと、恥どころの話ではない。時間があれば、専門の教師を付けて修練をつむこともできるが、何しろ時間がない。
特に少年少女の鍛練には、時間が必要だった。
というのも、背丈の見合う練習相手がいなければ、なかなか成果が上がらないのだ。
身近に舞踏会の準備の相手を務めてくれる輩など、フィーナの周囲には存在しなかった。
「――いいわ。そこは言いだした輩に責任をとってもらいましょう。
スーリング祭での舞踏も、礼儀作法も。
幸い、フィーナのエスコートはカイルの役目だから。
自分の為にも、頑張ってもらいましょう」
言って、にっこりとほほ笑むオリビアから、アルフィードは口にしたこととは別の心の声が聞こえた気がした。
「――そうして理解しなさい。自分がどれほど難しいことを相手に強いているのか、迷惑をかけているのか。その身をもって、体験するがいい」
――と。
今回も閑話的なものです。
アルフィードの心情と、フィーナのスーリング祭、衣装準備に至るまでの経緯です。
オリビアは統率をとる側ですが、鍛錬にも参加します。
護身術の鍛練の側面もあります。




