11.突然の来訪者【後編】
「…………。……はい?」
「だから舞踏会」
「………………」
フィーナは理解するのに数十秒、時間を要した。理解したら理解したで慌てふためく。
「き、聞いてません聞いてませんっ!」
「そうでしょうね。私がフィーナに話が行かないように止めてたもの」と、オリビアが告げる。
「なぜですか!?」
「いろいろと調整が必要だったの。本当に出席するのかどうか、ぎりぎりまで検討されていたから」
一応、フィーナにダンスの基礎は教えるようにとザイルと、実家帰宅時のアルフィードに頼んでいたが、オリビアとしては出席させない方向で話を進めたかった。
これまでスーリング祭に出席していたのは、名だたる貴族籍の子女ばかり。
大貴族の面々なら、入学直後にスーリング祭の準備をするよう言われても、どうにかできる持ち幅があった。
オリビアは「市井出身者がいきなり舞踏会に、しかも王族も出席する場になど対応できるとは思えません」と言い続けていた。
大多数の人間がオリビアと同じ考えで、次席と次に成績のよかった者をスーリング祭に招こうと話が進んでいたのだが。
「カイルのバカが反対してね」
嘆息しながら告げるオリビアに「オ、オリビア様――」
と、フィーナは慌てた。
オリビアが高位の貴族籍と言っても、皇太子を呼び捨てにしてのバカ呼ばわりは控えた方がいいのでは。
そう思っていたが、オリビアに着いてきた面々は何の反応をすることなく、すましている。
(聞き流してる……っていうか、聞こえなかったことにしてる……のかな?)
そう思って、フィーナもオリビアの、カイルに対する暴言は「聞こえなかった」ことにしようと、他の面々の対応に合わせることにした。
「フィーナがスーリング祭に出ないのなら、自分もスーリング祭に出ない。
新入生代表挨拶もしない。
……なんて言いだしてね。
市井の民にスーリング祭は荷が重いって、大多数の人間が言ってんのに『前例がないわけではないだろう』……なんて言い出しやがって」
むっすりと不機嫌を露わにするオリビアに、側にいたアルフィードが呆れた顔をした。
「元はと言えば、あなたが試験で手を抜いたからでしょう? 実力的にはあなたの方が成績よかったのに」
「だってアルが低評価されんの、我慢できなかったんだもの。
自分たちの成績の方がよくないのに、私とアルの成績を比べて『やっぱり庶民は貴族に勝てない』とか、自分のことのように鼻にかけてさ。
人に任せずに自分の力で物申せってイライラしてたから。だから口出しできないように、アルがスーリング祭、出れるようにしたの」
子供頃のイタズラを話すように「えへ」とオリビアはおどけてみせる。
そんなオリビアに、アルフィードは呆れを深めるばかりだ。
「そのせいで、今回、カイル殿下につけいるスキを持たせたんでしょう?」
「そりゃ三年進級時はそうだったけど。卒業試験は手、抜いてないよ?」
オリビアの言葉に、アルフィードは言葉に詰まっていた。
……話を読み解くに。
(お姉ちゃんも、スーリング祭に出たことあるってこと?)
退路が完全に絶たれた心地のフィーナと違い、サリアはアルフィードの新たな逸話を知って「さすがアルフィード様」と目を輝かせていた。
「アルの場合、ある程度、セクルトと貴族とのやりとりに慣れてからだったから、どうにかしのげたっていうのに。経験も知識もないフィーナを放りこんでどうするつもりなんだか。
……まあ、そんな感じで、あとは全員の意見の一致で、フィーナのスーリング祭出席となったの」
「なぜそうなったのか、全くわからないんですが」
「そう?
じゃあ、新入生代表挨拶して全生徒に主席として顔が知られるのと、王族、上位貴族がいるとはいえ、ごくごく限られた面々にしかいない場で、カイルとセットで、どちらかが主席、どちらかが次席と思われるのと。どっちがいい?」
「どちらも荷が重いですってば!」
選べません! と告げるフィーナに「あはは。そうでしょうね~」とオリビアはへらりと答える。
「カイルはそれを、自分の存在を盾にして言ってきたの。
あいつがどちらにも参加しないって最悪の状況は避けたかったから、こっちは言うことを聞いて、被害が少ないだろう方を選ぶしかなかったってわけ。
恨むならカイルを恨んでね。
……さて。
正直、ここでの滞在時間も限られてるから、ちゃっちゃか採寸と生地選び、その他もろもろ、すませちゃいましょうか」
それからは有無を言わさずの作業が始まった。
針子らしき人達に体の至るところを採寸され、反物状態の布をあてがわれ色味を確認し、デザインも確認している。
腕を肩まで上げて、今度は下げて、後ろを向いて、今度は前を向いて。
……などなど、言われるまま体を動かしている間に、手早く採寸が行われていく。
目まぐるしく告げられる指示の数々をこなすのに精一杯で、フィーナは考える時間もない。
一度、区切りがついた時、フィーナはアルフィードにサリアを紹介した。
今、二人はサリアの寝室で話をしている。
「カイルのバカ、こういうのも必要だって気付いていないんだから」
辟易したように呟くオリビアに、フィーナはおそるおそる尋ねた。
こうなっては逃げようがないと、感じ始めていた。
「こちらの代金って……」
「カイルに請求するから心配しなくて大丈夫よ」
にっこり笑うオリビアに、フィーナは「とんでもない!」と声を上げた。
そう言いつつも返済の目途など、全くないのだが。
「いいのよ。逆に、あいつが負担しない方が不自然なんだから。
言いだしたのはカイル。誰もが止めたのに、自分の自尊心の為だけに周囲に迷惑をかけているのだから。
自分の発言がどのような影響を与えるのか、自分の常識の範囲でしか考えていないの。
浅はかな言動の責任を最後までとらせましょう。
急だから、もしカイルが本当に支払が無理だったとしても、心配しないで。
その時は私からの入学祝いとしてプレゼントするわ」
どうやらオリビアとアルフィードは、様々な状況を考えて手筈を整えているようだ。
流されるままの感じに不安を覚えてしまうが、ここはもう、言われるがまま、身を任せるしかないようだ。
それにしても。
「カイル殿下は、なぜそのような条件を出されたんでしょう?」
カイルの利になることは何もないように思えるのだが。
フィーナの疑問に、オリビアはため息交じりに答えてくれた。
「安い自尊心の為よ。
入学試験も主席合格として疑わなかったところへ、フィーナが上回っちゃったから。
……あれも、おかしな横やりが入らなければ、カイルが主席だったんでしょうけどね」
後半はフィーナに聞こえないように呟くオリビア。
そうした後、説明を続けた。
「主席と思っていたところへ、上回る成績の者がいた。
その者は市井の民であるがために、新入生代表として挨拶をしないだけでなく、スーリング祭にも出ない。
公の場ではカイルが主席と振舞わなければならない。
……本当は次席なのに。
本来の順位を知っている者もいるから、道化のように感じて我慢ならなかったんでしょう。
成績が公となる代表挨拶かスーリング祭か。
どちらかにフィーナを引っ張り出して、フィーナを『単なるセクルト貴院校の学生』でなく『成績優秀なセクルト貴院校の学生』としたかったんでしょう。
けれどそれは、カイルの心情だけを見た場合の策よ。
挨拶にしてもスーリング祭にしても、フィーナの立場と状況を思いやることができたら、溜飲なんてないはずなのに。
そうした思慮の浅はかさが、どういった事態を招くのか、自分で苦労すればいいわ。
フィーナを公の場に引っ張り出したのはカイルだもの。
フィーナを擁護する責任が、カイルにはあるの」
オリビアの話を聞いて、フィーナはふと、入学当日のことを思い出していた。
――認めないからな。
あれは対抗心を含めてといったことなのだろうか。
オリビアがそこまで話したころには、採寸も生地選びも終わっていた。
道具が片付けられる様に目を向けながら「――ところで」と声をかけてくる。
「ザイルから話を聞いたけど、授業ごとの小試験の成績、あまりよくないって?」
「え゛?」
ぎくりと思わず体が強張った。
もう見抜かれてしまったのかとの焦りと、なぜザイルが知っているかの困惑で、わたわたしてしまう。
フィーナの様子をみたオリビアは苦笑して「自分も同じことしたことあるか、人のことは言えないんだけど」とつぶやいた。
「目立たないための方策?」
何かいい言い逃れはないかと考えていたフィーナだったが、何も思い浮かばない。
こんなに早く気付かれるとは想定外だった。
「……はい……」
頭を垂れて、素直に謝る。
オリビアはザイルの考えなしの発言を謝って「手を抜いたと他に知れると、カイルが機嫌を損ねて爆発しかねないのよね」とつぶやいた。
「今の状況だと、フィーナの意欲もわいてこないでしょう?
だから、優秀な成績であり続けるなら、御褒美を上げようかと思ってるの」
「御褒美、ですか」
正直、お金や名誉等の類を欲しいとは思わない。
今はひたすら目立ちたくない思いが強いのだ。
「目立ちたくない」より魅力的な物など、あるのだろうか――。
首を傾げるフィーナに、オリビアはにっとイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「宮廷薬草園の入園許可を、取り付けてあげる」
御褒美までたどり着けました。
連休中なので、連日更新できてます。
舞踏会、出ることになりました。