42.魔法の作用 30
敬愛するオリビアの弟だと知って、姉、アルフィードに思いを寄せていると知って。
姉を好きなフィーナには「見る目がある」とカイルを認識して――少しずつ、時間と共に関係が変わっていった。
彼の思慮に救われる場面も多々あった。
……いつしか心を許し、頼りにしていた。
そうしながら、一番大事な認識を、取りこぼしていた。
カイルは、王族。
この国の、第二王子。
彼にふさわしいのは、他国の王女、もしくは身分の高い令嬢だ。
気付いて、きつく目を閉じて、思い出す言葉がある。
カジカルの件でドルジェに戻った時。
マーサが話していた。
「ジークが他の子と仲良くしている所を見た時――ショックだったの。
それからジークを意識するようになって――自分の気持ちに気付いたの」
……と。
フィーナがユーファとカイルが気になるのは。
胸がざわついて平静でいられないのは――。
セクルトに来なければ……カイルと会わなければ……彼と過ごした時間がなければ。
こんな気持ち、知らずにすんだのに。
「――フィーナ?」
不意に聞こえた声に驚いた。
びくりと身震いして振り返ると、カイルが教室の出入口に立っていた。
――どうして……。
カイルは窓越しに並ぶフィーナの隣の椅子に座った。
カイルの肩には伴魂が乗っている。
伴魂はカイルが椅子に座ると、机に降りて、マサトの側にとてとてと歩いた。
伴魂同士のやりとりで、カイルはフィーナがここに居ると知ったようだ。
校庭の炎が揺れて、フィーナとカイルの姿を、朱の光と影で写しだす。
フィーナの隣に座ったカイルは、校庭を見下ろした後、つとフィーナに顔を向けた。
揺れる炎の明かりで、カイルの顔もいつもと違って見える。
どきりと、フィーナの鼓動が跳ねた。
「ユ――ユーファ様は? お相手、しなくていいの?」
「王女の申し出で、姉上がお相手している。
姉上は嫌がっていたがな」
「――そう、なんだ……」
フィーナは、カイルではなかった状況にほっとした。
カイルはしばらくフィーナを眺めた後、静かな声音で口を開いた。
「――すまない」
「――カイル?」
「勝手に関係を偽って……。
ここに一人でいるのも、人目を避けてのことだろう?」
調査団対策に取られたフィーナとカイルの恋仲は、要所要所には知られていた。
含んだ物言い、態度から、フィーナとカイルを気遣う様子が見えていた。
否定もできず、二人は互いに気まずい思いをしていた。
フィーナが空き教室の暗がりに一人でいるのを、カイルはそれが理由だと思ったようだ。
「違うよ。
最近忙しかったから――一人でぼんやりしたかっただけ」
告げて、校庭へ目を向ける。
それも理由の一つだから、嘘ではない。
しばらく続いた沈黙の後、カイルがぽつりと切り出した。
「セクルトに来たこと――後悔しているのか?」
「――え?」
声に――言葉につられてカイルを見ると、フィーナの様子を伺っている。
なぜそんなことを聞くのか不思議に思って――さっき呟いた言葉を聞かれたのだと察した。
「俺は――セクルトに来て、フィーナと……共に学べて、よかったと思っている。
フィーナがいたから、学べることも多かった」
「そ――そうだね。
マサトの指導に耐えて、魔法もすごく上達したもんね」
「人として、学ぶことが多かったんだ」
告げるカイルは、真っすぐにフィーナを見ている。
フィーナはその瞳にとらわれて、目が離せなかった。
「アルフィード様は、伴魂を認めてくれた。
フィーナは、王子の俺でなく、俺個人を見てくれた。
セクルトをやめてほしくないが……どうしても耐えられないのなら、伴魂と離れずに退学できるよう、手回しする」
真っすぐに見つめて告げるカイルの言葉に、フィーナは小さく息を飲んだ。
見つめるカイルから――目が離せない。
「セクルトをやめたい」とこぼしていたが、実際「やめてもいい」と許されると戸惑ってしまう。
「やめられるわけがない」と思っていたから、急に不安になった。
これまで積み重ねてきたものが無になる感覚と――やり遂げていない、まだ途中だと思えるものへの執着。
そして――貴院校で出会った人たちと別れる寂しさ。
(サリアとも――カイルとも、もう会えない――?)
そのことが一番怖かった。
「ご……ごめん。気にしないで。ちょっとしたグチだから」
「本当か? いつになく落ち込んでいたようだったが……」
「目立たないよう、大人しくしてたからそう見えたんじゃない?」
「――気を使わせたからな」
フィーナはカイルの関係を詮索する輩への対処で、他のクラスや学年の出し物を見て回ることもなく、一人で過ごしていた。そうした状況をカイルも気付いていたのだ。
 




