40.魔法の作用 28
あちらの世界ほど華やかさはないが、好奇心溢れる表情を見せる貴院校生たちは、マサトの世界の学生と重なって見えた。
二重に見えた視界も、すぐに普段通りに戻る。
今回、クラスの出し物に、フィーナとカイルはほとんどかかわっていない。
最初の構想段階で意見を出したくらいで、あとは同じクラスのベルとジェフが取り仕切ってくれた。
案もベルが提案した。
「わたくし、フィーナの薬茶がいいと思います」
「……え?」
最初、ベルが提案した時「どこで聞いた?」とフィーナは身構えた。
親しい人にしか振る舞っていないし「他の人に言わないで。先生に駄目だしされたら困るから」と薬茶を頼まれた人、送った人には頼んでいた。
カイルを見ると「ちがう」と首を横に振った。
「サリアが飲んでいるのを、少しもらったの」
フィーナとカイルとのやりとりから察したベルが、先んじて答えを告げる。
「サリアが――?」
「ああ、サリアを責めないでね?
図書室で飲んでいたものを、私がこっそり飲んだから。
香りが珍しいんですもの」
後に知ったが、物静かで大人しいと思っていたベルは、自分が興味持ったものはとことん食らいつく――探求を続ける人柄だった。
彼女が貴院校新入生、フィーナに次ぐ女学生の次席者だ。
同じクラスながら、目まぐるしい日々で関わりがなかったが――このような人だったとは。
ベルはお茶に凝っていて、時折図書室で一緒になるサリアの飲み物が気になっていたらしい。
こっそり飲んで、知らない味と風味、香りに驚いて、サリアから最近、ようやく聞き出せたのだと言う。
飲んだ物の再現を試みたが、どうもしっくりこない。
「ちょうどいい機会でしょう?
フィーナの薬茶を学べて、みんなも飲めて。
ほ~ら。良い事づくめ♪」
うふふふふ。ふふふふ♪
……と、頬を染めて嬉しげに微笑むベルは……本気だった。
「え……っと……――ベルって、こういう子だったの?」
冷や汗をかきながら、側にいるカイルに小声で問い掛ける。
カイルはカイルで、フィーナ同様冷や汗をかきながら、ぶんぶんと首を横に振っていた。
とりあえず、どこか遠くへ意識を飛ばしているベルを我に返らせて、フィーナはベルの申し出を丁重に断った。
「薬効が低くても、知識のない人に教えることはできないから」
薬は毒にもなる。毒は薬にもなる。
人によって体に良い物、悪い物が異なったりもする。
フィーナが振舞う時は、万人に影響の少ないものを少量ずつ、様子を見ながら、種類や量を調整していた。
フィーナの話にベルは納得したが「だったら」と別な提案をしてくる。
「副作用の少ないものを教えてもらえないかしら」
「副作用って――その時点でダメでしょ」
そのような素人考えが恐ろしいのだ。
二人の話を聞いていたカイルが、フィーナの袖をひいて耳打ちする。
なぜか顔が青い。
「――薬茶には副作用があるのか?」
「――時と場合、量や人によってはね」
「――なら、母上が作るものもか」
「――ソフィア様のは、薬茶と言うより、お茶に香りと果実の風味をつけてるから――」
カイルの母、ソフィアが「自称薬茶」に熱中しているのは、この前会った時にわかった。
ソフィアが言う「薬茶」の元は、国で常用される「翡翠茶」だ。
原料となる翡翠木の若葉を原料に作られるお茶で、サヴィス王国だけでなく、隣国周辺でも身分を問わず、日常的に飲用されるものだった。
価格帯はピンからキリまである。
ソフィアは高級な翡翠茶を自分なりに研究して、フィーナも賛辞を送る風味にしていた。
高価な翡翠茶は、単独で風味豊かなのだが、その風味を生かしつつ、加えた香り、果実の味わいによって、より豊かなものになっていた。
翡翠茶も、風邪気味で喉が痛い時にうがいをするといい。――など、民間療法がある。
広い意味では薬茶の部類になるから「フィーナの薬茶とは根本が違う」と、敢えて言わなかったのだが。
「ーーソフィア様が、どうかしたの?」
「ーーこの前、父上とリリーナ様に振る舞われていたんだ」
「ーーそれは大丈夫。この前と同じものだったら、副作用とか心配しなくていいものだったから」
フィーナの言葉に、カイルは安堵していた。
フィーナは、カイルの話からふと、ソフィアの出したお茶を思い出して、閃いた。
「薬茶でないと、駄目なの?」




