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猫と月の夜想曲~猫に転生した異世界転生者は脇役です~  作者: 高月 すい
第二章 セクルト貴院校
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8.ドルジェの聖女に関して


 想定外の時間をとられて、寮の部屋に――朝はまだ個室で、その部屋に荷物を置いていた――戻った時には、使用人らしき人が控えていて、フィーナの入室を止められた。


「こちらはブリジット様のお部屋になります」


「でも、私の荷物が――」


「すでに移動先のお部屋へ運ばせていただいております」


 メイドだろうか。


 そうした洋装の女性使用人に言われて、フィーナは同意しつつも「部屋がわからないので、誰か案内してほしい」と頼んだ。


 荷物は多くなく、着いた初日だったので荷ほどきもしていなかったので、そのまま運んだのだろう。


 連れてこれる使用人は一人だけである。


 部屋の前にいた使用人は、一度室内に入ってブリジットの了承を得た後「ご案内いたします」と、本来ブリジットが過ごすはずだった部屋、サリアとの同室へと案内してくれた。


 ブリジットの使用人は、扉の前まで案内すると、そそくさと帰っていった。


 フィーナ一人、扉の前に立ちつくす。


 同室ということは、扉は一つ、中は二人で共有するものだろう。


 そう思いながら、扉をノックした。


「どうぞ」


 中からすぐに返事がくる。


 促されて扉を開けると、目の前にサリアがいた。


 目の前のルームメイトに、フィーナは目を瞬かせた。


 そんなフィーナを見て、サリアは小さく息をつく。


「遅かったわね」


「……いろいろ、あって……」


「そう」


 サリアは深く聞くことなく、入室を促した。


 言われるまま、足を踏みこんで、周囲を見渡す。


 扉から入ってすぐの空間は、リビングよろしく、部屋の中央に正方形のテーブルが設けられている。


 そのリビングをはさんで左右対称に、扉有りの小部屋が設けられ、それが個人私室となっていた。


 ブリジットの嫌がる様子から、個人のプライバシーが保たれる場がないと思っていたが、そうではなかった。


 同室といいつつ、寝室など、プライベートが保たれる造りになっている。


 フィーナにはなぜブリジットが、同室をあそこまで嫌がったのか、理解できなかった。


 その疑念は、サリアとの話から少しずつ、明らかとなる。


 ブリジットは実家で「蝶よ花よ」と育てられた経緯で、何でも自分の思う通りになると思っている節がある。


 サリアとブリジットは姓は違えど、親類関係になる。


 両親同士の関係から、サリアもブリジットと幼いころから接していたのだが、正直、ブリジットの我儘には付き合いきれなかったとサリアは言う。


「そう思ってるのは私だけじゃない」


 ブリジットの被害を被っているのは一人でなく、複数人いるのだと、サリアはため息交じりに告げた。


 部屋に関するやりとりを振り返って、フィーナもそのことは感じていた。


 サリアの話によると、セクルトの寮の仕組みでは、同室者につく使用人は、使用人用の部屋が設けられていて、そこで寝食をし、あとは主につくか、終始、同じ部屋で過ごすかの選択肢となる。


 一方、フィーナがいた個室にはもう一つ部屋があり、使用人がつく場合はそちらを使用するとのことだった。


 ブリジットは「使用人は終始側に置きたい。けどずっと同室は息が詰まる」と考えていて、同時に、自分が主席合格すると信じて疑わない、少々自意識過剰な面があった。


 そうした自身に対する絶対的自信が、今回の騒動の原点となっている。


「もともと、ブリジットとはそりが合わなかったんだけどね」


 我儘なブリジットに対し、常識的なサリアでは、何かにつけて小さな衝突があったのだそうだ。


 ブリジットの情報を「ほうほう」と興味深く聞いていたフィーナに、あらかた話し終えたサリアが、少しの間を置いて「ねぇ」と遠慮がちに声をかけた。


「『ドルジェの聖女』の妹って……本当に?」


 昨日から何度か耳にした単語に、フィーナは頬を引きつらせつつ、愛想笑いを浮かべた。


「『ドルジェの聖女』が誰かは知らないけど……アルフィード・エルドは確かにお姉ちゃんだけど」


「――お姉ちゃん――」


「聖女」と「お姉ちゃん」――違和感溢れる取り合わせに、サリアは幾度かその単語を口にしていた。自身に納得させようとしているようでもあった。


 そうして何かを自分の中で納得させた後、サリアは何かの覚悟を決めて「お願いがあるんだけど」と口を開いた。


「『ドルジェの――』、いいえ、あなたのお姉さんに、いつでもいい。機会がある時に、会わせてもらえないかしら」


 思いつめた表情で、緊張しながら告げたサリアの懇願に、フィーナの返事はあっさりとしたものだった。


「いいよ?」


 あっさりしすぎて、サリアはすぐに言葉の意味を理解できなかった。


 数回、目を瞬かせたあと、ようやく理解できたほどだ。


「次のお休みの日でいい? ――あ。お姉ちゃんの予定、確認しないとわかんないか。

 えっとじゃあ、お休みの日に家に帰った時に、家に帰って来る日、聞いとくね。

 サリアの都合のいい日と悪い日も教えてくれる?

 予定が合いそうな日を聞いておくから」


 予定繰りをつらつらと口にするフィーナを、サリアは硬直したまま聞いていた。


 そしてハッとして「いやいやいや」とフィーナを止める。


「まずは『ドル――』、お姉さんが会ってもいいと言うか、確認してからでしょう?」


「え? なんで?」


「――会いたくないって言うかもしれないじゃない」


「だから、なんで?

 ――あ。同室になった子を家族に紹介するのって、セクルトでは普通、しないことなの?」


「――あ。」


 フィーナに言われて、サリアは「その手があったか」と思い至った。


 これまでは「アルフィードに会いたい」の想いが先行していたが、フィーナが「同室の人だよ」との紹介で面会も可能なのだ。


 フィーナとの同室は話の成り行きだった。


 それでもサリアとしても我儘なブリジットより、フィーナの方がいいだろうと思っていた。


 ――フィーナの人となりを知らないから、賭け的な部分もあったが。


 同室者として決まったあと、『ドルジェの聖女』の妹だと発覚して。


 それだけでもサリアには「大当たり」を引いた心地だったのだが、まさかアルフィードに会える可能性が実現可能な域まで高まるとは。


 サリアは、騒動を巻き起こして、結果、自分の思う通りの個室を得たブリジットにも、今は感謝しきりの気持ちとなっていた。


 都合のいい日程を告げるサリアに、今度はフィーナがおそるおそる尋ねた。


「『ドルジェの聖女』って、どうして言われてるの?」


 昨日、アルフィードの異名を知って、ずっと不思議だった。


 アルフィードからそうした異名を聞いたことはないし、オリビアも口にしたことはない。


 だいたい、何を持っての「聖女」なのかが、フィーナにはわからなかった。


 サリアは「そうね……」と考えて、わかりやすいようにフィーナに話してくれた。


「一番はオリビア様の側仕えになるほどの出世をしたってことだろうけど。

 それ以外にも逸話はいくつもあるわ。

 伴魂も貴族でも上級貴族が所持する伴魂のように美しいし、ご自身も気品ある見姿、所作をなされるし。

 名だたる貴族の子女がセクルトに在席する中、その中でも優秀な成績を修めて、魔法の授業でも成績よくって。

 魔法もね、簡単なものだけれど、前詞(アンセル)なしでできるのよ?

 ちょっかい出した貴族も簡単に負かしてしまったらしいし。

 けれどそうしたことを鼻にかけることなく、ご自身は控えめな方というし。

 魔力の量も多いらしいわ。

 癒しに関する魔法も使えるというし。

 市井出身ながら、出世を果たしたってことで、憧れる人もいるわよ?」


 サリアは明言していないが、アルフィードにただならぬ憧れを抱いているのだろう。


「会いたい」というのはそうした心境からだ。


 サリアの熱のこもった話を聞いて、フィーナは乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。


(……まずい)


 ひしひしと、危機感を覚えていた。


 アルフィードは意図せず行動していたのだろう。


 それを周囲がどう捕えるのかは、本人にはどうしようもない。


 アルフィードのたどった道が、オリビアの件以外、自分自身にも当てはまるように、フィーナは思えてしかたなかった。


 目立たない生活を考えていたのに、初日から想定外で、それが今後も続いていきそうな気配を感じて、フィーナは自分の考えが甘かったのではと考え始めていた。


 目立たない方法――。


 それを考えていたが、答えにはすぐにたどり着いた。


(……成績、悪くなればいいんだ)


 良くするのは難しいが、悪くすのはわざと間違えればいいのだ。


 そんな暗い思惑を抱えて、表情に出ないように、フィーナは気を付けていた。


 寮での初日にサリアに叱られた情景が脳裏をよぎったが「同情じゃない。自分を守るため」と言い聞かせていた。


 そうして2日目は同室の寮で過ごした。


 その2日後。思いもよらない来訪者が訪れることとなる。




サリアが敬語使わないので、フィーナもつられて使わずにいます。

素のフィーナ久々で、安堵感が。

寮での部屋に関することと、アルフィードの噂に関してでした。


次回は来訪者の話になるか、その前段階の話になるか。ってところです。


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