17.魔法の作用 5
フィーナは「外交をスムーズに」と思ってのことだったが、結果、カイルの点数稼ぎになっているのではと思えたのだ。
それからカイルとユーファは、和やかな歓談をしつつ、食事をとった。
ユーファはサヴィス王国の料理いくつかを珍しそうに口に運びつつ、調理法や材料に関して訊ねていた。
カイルが答えていたが、カイルもわからないものは食事を運んだ調理人が答えていた。
ユーファが最も興味をそそられたのは、フィーナが準備した、厚焼き卵サンドだった。
ナイフやフォークを使わず、手づかみで食べるよう勧められ、ユーファは戸惑う。
「貴院校の生徒が授業の一環として調理したものです」
貴院校の学びの場を知りたいユーファに答えようとしたのだとの意思を見せる。
フィーナが作ったと告げるカイルに、ユーファが驚きの眼差しをフィーナに向けた。
(――貴族籍の方や、王族の方々が調理するなんて、ないものね)
拗ねた想いで、フィーナは小さく頭を下げるに留めていた。
すすめられるまま、卵サンドを口にしたユーファは、いたく気にいったようだった。
肩に乗っている伴魂にも分け与えていた。
卵サンドを口にした伴魂が、機嫌よさげに尻尾を振り、手をのばしながら小さな声を上げ、おかわりを要求していた。
食後にフィーナの薬茶が振る舞われた。
薬茶はユーファの護衛分も準備されていた。
飲む飲まないは個々人任せとした。
警備上、護衛は振る舞われた飲食物に口を付けない規律があると、サヴィス王国側も理解している。
同じポットからそそがれた薬茶を、カイルとフィーナが口にしたのを確認して、ユーファが口にする。
調理場にあった、柑橘系の果物を使用した、急ごしらえの薬茶だったが、ユーファはその風味を気に入ってくれた。
ユーファが護衛の者たちに進めて、彼らも不承不承口にする。
口にした彼らも、これまでに口にしたことのない風味に驚きつつ、受け入れてくれた。
ユーファが何度かフィーナに声をかけたが、戸惑うフィーナにカイルが助け船を出して、結果、フィーナは答えずにすんでいた。
――それさえも。
フィーナにはカイルがユーファと話したいが為の行為に見えていた。
ユーファの貴院校見学は、魔法の授業から昼食までの時間限定だった。
彼女らは使節団としての公務もある。
午後からはそちらの公務にあたるとのことで、食事を終えると散会となった。
談話室から出たユーファを見届けたカイルは、それまでの好印象をかなぐり捨てて、疲労困憊の様相でテーブルに突っ伏した。
護衛騎士のアレックスとレオロードが、カイルの心情を察して、側に駆け寄り、体調を案じている。
カイルの伴魂も心配そうにカイルを伺っていた。
室内に残る、誰もがカイルの心労をねぎらっている。
フィーナだけが、カイルが疲弊しているのを理解できなかった。
(楽しくおしゃべりしてただけじゃない――)
談話室に入った瞬間、目にしたユーファとカイルの歓談姿が忘れられない。
そんなフィーナの感情と異なり、彼女の伴魂であるマサトも『お疲れさん』と、カイルの側でそっと耳打ちしていた。
マサトの感情は、フィーナにも共有される。
しかしフィーナにはマサトの感情に共感できなかった。
大変だったのは、私なのに。
急に食事と飲み物を準備してほしいと頼まれて、成し遂げたのに。
これまでだったら、成し遂げたことへの礼を欲したことはなかったのだが……今はなぜか、頑張った自分を認めてほしい思いに駆られていた。
カイルをねぎらい、心配する面々が囲う中、フィーナはその場から、カイルを見ているだけだった。
ただじっと――胸の内にうずまく感情を抱きながら強張る体で、カイルを見ていた。
項垂れていたカイルも、しばらくすると上体を起こして、側にいる面々に「大丈夫」と答えていた。
答えながらも、疲労困憊の様相は残っている。
答える中、ふとフィーナへ顔が向けられた。
強張った表情のフィーナを見たカイルは、驚きにわずかに目を見開いたあと、同席する面々に、フィーナと護衛騎士、アレックスとレオロード以外の退室を命じた。
「貴院校生徒として――ユーファ王女との接触時の注意点を話しておきたい」
カイルの言葉に従い、談話室にはフィーナとカイルとアレックス、レオロードだけが残った。
――カイルとフィーナ、二人の伴魂も。




