4.寮の同室者【前編】
声を上げて立ち上がった女生徒は、対面する女生徒に怒りをぶつけている。
立ち上がった生徒は、緩やかに波打つ金髪に近い淡い黄色の髪色をしていた。
肩の先まで届くその髪を、ゆったりと編み込んで背に垂らしている。
蜂蜜色の瞳は、怒りでつり上がっていた。
静やかな談笑の中、彼女の声は食堂内に響き渡った。
学年を問わず、誰もが「何事」と声の方に目を向けた。
フィーナも例外でなく、声の方に目を向けた。
立ち上がった女生徒は、フィーナから二つほど席を挟んだ先をあてがわれていた。
「あなたのような方とこれからずっと同室だなんて……!」
怒りに震える女生徒に対して、対面する女生徒は静かに見つめ返すだけだ。
薄紺の髪に薄緑の瞳。肩先まで伸びる艶やかな髪は、アルフィードを彷彿とさせて、フィーナの興味をひいた。
気を高ぶらせる女生徒と違い、薄紺の髪の女生徒は、時折周囲に目を向けて「静かに」「席に座るように」と促しているようだった。
……小声だったので聞こえず、口のわずかな動きからそう判断できた。
話の内容から、立っている女生徒と対面している女生徒が同室となったらしい。
それを立っている女生徒が嫌がっているようだった。
声を上げたところを見ると、会話か何かから、怒りの琴線に触れたのだろう。
騒ぎを聞きつけて、上級生と思しき女生徒が数名、二人の側に訪れた。
漏れ聞こえる話から、上級生のうち、一人が寮長であるようだった。
部屋を変えてほしいと告げる女生徒に、周囲は対応に困っているようだった。
「同室者がいることはわかっていたはずだ」と告げる上級生に、怒りを露わにする女生徒は、自分の成績によほど自信があったらしく、部屋も個室になると思っていたようだ。
首位さえ考えていたらしく、さすがにそこは、第二皇太子殿下が同学年とわかった段階で「仕方ない」と諦めたようだったが、女性の首位だと信じていたらしい。
……実際には、女生徒の中でも首位でも次席でもなかったのだが「試験時は調子が悪かっただけ。
本当は首位の実力を持っている」と言いきること自体、ある意味称賛の念を抱いてしまう。
話が進まず、困り果てている様子を見て、フィーナは「あの……」と声を上げた。
「部屋、変わりましょうか」
個室を望むのなら、フィーナがあてがわれた部屋しか変わり手はいないだろう。
フィーナとしても同室者がいる心持ちで来ていたので、問題ないだろうと思っての提案だった。
これまで漏れ聞こえた話から、怒り心頭の女生徒が「ブリジット・フォールズ」、薄紺の髪の女生徒が「サリア・スチュード」だとわかった。
控えめに切り出したフィーナに、視線が集中する。
「あなたは?」
尋ねた寮長に、少々迷いつつ、略式の挨拶で名乗った。
「フィーナ・エルドと申します」
他の貴族籍の方々に正式な挨拶をした方がいいのかともフィーナは迷っていたが、話はそのまま進んだので、大丈夫なようだと判断する。
フィーナの名を聞いて、寮長は少し驚いた顔を見せて、ブリジットとサリアは「誰?」と訝しげな眼差しを向けた。
寮長は、フィーナが個室持ちだと知っているようだった。
が、フィーナの言葉に眉を寄せた。
「あなたには関係ない事でしょう?」
「私は同室でもかまわないと思ったもので。
私と変われば、ブリジット様も納得できるでしょうし、この場を治めることができるかと」
暗に「騒ぎのせいで、みんな待たされて迷惑こうむっているのだ」と匂わせたが、含んだ内容に気付いたのは寮長と上級生、サリアだけで、元凶であるブリジットには残念ながら、想いは届かなかった。
話の流れから、ブリジットもサリアもフィーナに個室があてがわれると想定はできているようだ。
……新入生の女生徒の中で成績が首位だった件に関しては訝っているようだが。
「なりません」
寮長は、側にいた上級生に、他の学年の生徒には帰ってもいいと退室を促した。
食堂を後にする者もいれば、残る者もいる。残る者は「成り行きを見届けたい」輩のようだった。
退室を促して後、寮長はブリジットにきっぱりと否定の言を告げる。
「定めに従うことで、寮での生活が成り立っているのです。ブリジットが決まりを受け入れるべきなのです」
言って、寮長はフィーナにも目を向けた。
「セクルトでは個人に対する敬称は必要ありません。身分に関係なく、対等であること。それがセクルトの理念です」
フィーナは了承の返事をしつつ、内心、首を傾げた。
(不敬罪の騒ぎがあったって聞いてたけど……)
だからアルフィードからの礼儀作法の指南を受けたはずなのだが。
説得を続ける寮長だったが、ブリジットは頑なに聞き入れなかった。
「変わるというのだから、それでいいではないか」と言い続けている。
フィーナは寮長からは「余計なことを」とのきつい眼差しを受けつつ、身の置き所のなさを覚えながら、事態の収拾を待っていた。
……結果、治まることはなかった。
ブリジットは何かにつけて「我が家」の威光をかざしてくる。
セクルトが「身分に関係なく対等」と謳っているものの、わがままが通ると思っている節がある。
「本当は実力はある」「試験当日は体調が悪かっただけ」「今なら女性の中での主席の実力は持っている」
と言い張るブリジットの言葉を聞いて「そうだ」とフィーナは声に出していた。
寮長が「また余計なことを」と眼差しを鋭くしたが、ブリジットは興味をのぞかせて、フィーナの言葉を待っていた。
「私とブリジットさ――、ブリジットで、もう一度、簡単なテストをしてみてはどうでしょう? 成績がよかった方が個室を得ると言うことで」
試験の結果に関しては、フィーナも高評価を受けることに疑念を持っていた。
もしかしたら運がよかっただけかもしれない。
だったら、本来、評価を受けるべき者が相応しい部屋をあてがわれるべきなのでは。
「それはいい考えですわね!」
案の定、ブリジットは乗ってきた。
寮長は頭を抱えて「私たちだけでは判断できない」と寮に関わる教師陣を数名、呼んで、事の成り行きとテストに関して相談していた。
寮長は受け入れられないと思っていたようだったが、教師陣も乗り気となって、寮に駆け付けた時にはテスト問題をいくつか用意していたほどだ。
寮長は諦めて、フィーナとブリジットのテストを了承した。
不公平にならないように、個室を望むものが他に居ないのかと、新入生に確認をとっていた。
希望者が他に出ないのを確認して、教師陣とテストを確認した後、短時間でのテストを施行した。
テストを見て、フィーナは三度、首を傾げる状況となる。
二度の入学試験も難しいとは感じかなった。
今回はさらに難易度が下がっている――。
短時間のテストだからかと思いつつ、前回、前々回の試験の結果が首位となっている状況を考えて、全ての問題を解き終えてから、数問、訂正を加えた。
念のための処置だった。
時間が来て、教師陣がテストを採点する。結果は数問の点数差で、ブリジットの成績の方がよかった。
(よかった)
喜ぶブリジットを見て、フィーナは安堵した。
これで丸く治まった――。
そう思っていた。
しかしテストの様子、採点を見ていたサリアが、寮長と教師陣の元へツカツカと足を進めて、答案用紙を確認する。
ブリジットが「難癖をつけるおつもり?」と鼻白んだが、サリアがブリジットの答案用紙を見たのはほんの数秒で、フィーナの答案用紙をじっと見つめ、持ち上げて透かし見たりと確認していた。
そうしてくるりと踵を返すと、フィーナの元へ足を進める。
これから同室になる。
そう思ってフィーナがサリアに挨拶しようと微笑んだ時。
――パンッ。
乾いた音が食堂内に響いた。
サリアはキッとフィーナを睨んで、その頬を平手打ちしたのだった。
長くなったので、前後編に分けました。
セクルトでの生活の始まりです。