42.文献探し 37
「どう、とは?」
「え?」
訊ね返されると思っていなかったジークは、戸惑いつつ、おずおずと口を開いた。
「不当な扱いを受けていないかと――」
それに関してはカイルは「心配ない」と答えた。
自分が把握している限りではと申し添えつつ、サリアをちらりと見て、彼女とのやり取りから察しがつくだろうと暗に示した。
カイルの言いたいことを察したジークとマーサは、安堵に表情の強張りを緩めた。
ジークはもう一つ、気になることをカイルに訊ねた。
「試験で――やらかしていませんか?」
「やらかす?」
どういう意味だと訊ねるカイルに、ジークは事例を上げて説明する。
「魔法の試験で、試験官を椅子ごと吹っとばしたり――」
「ちょっ、ジーク! それ今関係ない!」
過去の惨状を暴かれたフィーナが、顔を赤くしながら、わたわたと弁明する。
ジークとしてはフィーナに止められるのがわからなかった。
「けど、そういう変わったことされると、嫌がられるだろ?
アル姉はそつなくこなしただろうけど、フィーナ、そういうとこ、頓着ないから「出来るからしました」ってなっちゃうだろ。
俺たちの時は、笑い話ですんだけど、セクルトではそうはいかないだろ?」
「フィーナ、魔法の授業になると、いつもやりすぎてたじゃない。
悪目立ちしてるんじゃないかって、ジークと心配してたのよ?」
マーサもジークの援護射撃をする。
二人に過去のおいたを暴かれ、心配されて、フィーナも「うぐうぐ」と反論できずにいた。
「試験官を、吹っとばす?」
状況を理解できないカイルが、ジークの言葉を反芻した。
カイルの言葉に、ジークは頷いた。
「ええ。中児校の魔法の卒業試験の時。疾風遊戯の試験で、風が強すぎて校長先生、椅子ごと飛んでったよな」
「ええ。
「ちょっと試してみたかった」……って……試験で試さなくてもいいんじゃない?」
ジークにマーサが賛同した。
中児校の魔法の卒業試験は、疾風遊戯でそよ風を起こすものだった。
それがフィーナの場合、想定外の規模だった。
「校長先生、木の上にひっかかったからよかったけど、降ろすのも大変だっただろ?
そういうこと、セクルト貴院校でもしてないかって、心配になるだろ」
中児校と小児校の校長は、兼任が普通である。
カジカルの報告書の件もあって、校長がどうした人となり、容姿かはカイルも聞いていた。
高齢で小柄。一つ一つの動作に時間がかかる年齢で、細身で、吹けば飛んでしまうような人――。
そう聞いていたカイルは、ジークとマーサの話から、状況を想像してしまい、思わず吹き出してしまった。
一度こぼれ出た笑いは我慢できず、驚いた顔を向けるフィーナ、ジーク、マーサ、二人の護衛に「気にしないでほしい」との意味合いを込めて、手を上げながら、顔を背けて口元を手で覆い、笑いを我慢するのに必死だった。
ひょろりと細身の高齢者が、疾風遊戯で飛ばされて木に留まる――。
カイルはなぜかその状況が想像でき、同時に笑いのつぼにはまってしまった。
ひとしきり笑った後、カイルは自分を伺う面々を見た後、ジークに顔を向けて、カイルは答えた。
「大丈夫だ。おおむね、変わりない」
「変わり、ない、ですか……」
意味を図りかねるジークに、カイルは重ねて告げた。
「やらかす時はやらかす。」
カイルがすがすがしい表情で、ジークの言葉を借りて告げると、ジークとマーサは「やっぱり!」との表情になり、フィーナはカイルに向かって「何言うの!?」と動揺を見せた。
「限度を考えろって、あれほど言ってただろ!?」
「考えてたわよ!」
「今度は誰を吹き飛ばしたの!?」
「そんなこと、してないから!」
「燃焼で火柱はあげたけどな」
ジークとマーサにやりこまれている中。
ぽそり。と告げたカイルの投下に、フィーナは青ざめ、ジークとマーサは口調を強くした。
「「フィーナ!!」」
「っはいっ! ごめんなさいっ!」
ジークとマーサに叱責され、頭を抱えて小さくなるフィーナを、カイルはくつくつと笑って、愉快そうに眺めていた。
そうしたやりとりを、護衛の二人は呆然と眺め、他の面々も、後で事情を知ったのである。
「文献探し」はこれで一応の区切りとなります。
あともう少し、エトセトラ的な部分でドルジェで話が続きます。
ドルジェでの話は、カイルに市井の雰囲気を感じてもらう目的もありました。
ジークとマーサの関係を目にするところなど。
書いている方としても、カイルの成長を感じる部分があって、書き手としても不思議な感覚であり、嬉しくもあります。
そして。
ドルジェを舞台にした、もう一つの理由も次回、少しだけ判明します。
細部までは明かされません。先に続く布石です。




