39.文献探し 34
「……そうだな」
カイルが口にできたのはその一言だけだった。
それから二人は森を出ると書庫へ向かった。
卵を確保したザイルも書庫へ来ていた。
ザイルにマーサとジークを夕食に招いていいか許可をとって、加えてリオンとロア、ターシャも同席できるなら共に夕食を頼んでみた。
大所帯をザイルは拒否はしなかったが、怪訝な顔をする。
フィーナはにんまりと笑うと、後ろ手に隠していた雪原草の花をバッと顔前に掲げた。
「雪原草。これで試したいことがあるの」
雪原草の生花はザイルも初めて目にする。
雪原草に驚きつつフィーナの提案を受け入れた。同時に「雪原草の本を探して」と言われて、眉をひそめたものの「夕食作るから、時間ない」と告げるフィーナに渋々従った。
それからフィーナは思いついたことを実行する為に段取りをする。
両親に夕食の話と雪原草の生花を見せて、頼みごともしていた。
昼食を済ませると、フィーナは先にザイルの借家に戻って夕食作りにいそしんだ。
厚焼き卵サンド以外の料理をターシャに頼んで、共に夕食を作っていく。
今日はターシャも夕食を共にできるという。
ターシャ推薦のパン屋に、朝の内に人数分のパンを頼んでいた。
想定外の人数が増えてしまったが、そこは一人分の厚焼き卵サンドの数を減らして、ターシャの料理に空腹を受け持ってもらう。
厚焼き卵を作るフィーナの手さばきに、ターシャは感心しつつ、自分の役割をこなしていた。
料理ができたころ、書庫にいた面々、エルド家家族、マーサとジークが到着した。
ザイルが満足し、他の面々も舌づつみを打つ夕食を堪能した後、フィーナは女性陣を呼び集め、寝室でこそこそ作業する。
「男子禁制」として、秘め事を成しているかと思えば、時折歓声が上がった。
女性特有のキャッキャウフフのやり取りを部屋越しに感じつつ、取り残された男性陣は身の置き所のない心もとなさと、そわそわして落ち着かない気持ちを抱いていた。
しばらくして、女性陣がぞろぞろと寝室から出て来る。
嬉しげな表情を浮かべる者もいれば、恥ずかしげな表情を浮かべる者もいる。
機嫌良く、満面の笑みを浮かべるフィーナは、そそそ。とザイルの元へ近寄ると、彼の足元にいたマサトにも声をかけた。
「ほら! 綺麗でしょう?」
言って左手の甲を掲げて見せる。
手の甲には、白い紋様が描かれていた。
白い紋様は、鮮やに発色している。
フィーナの手を見た男性陣は、感嘆の息を漏らしていた。
「雪原草ですか」
昔、フィーナと一緒に調べたザイルはすぐに理解した。
フィーナが真っ先にザイルに見せたのは、雪原草について知っているからだ。
ザイルに「探してほしい」と頼んだ本には、雪原草の花について書かれていた。
祭事に使用する紋様、願い事、その他、意味合いを持つ、様々な紋様が記されていた。
ザイルが探した本は、リオンとロアに渡され、二人はフィーナからあらかじめ聞いていた手順で、花弁に紋様を写していった。
仕事柄か、リオンとロアは手先が器用で、写生も得意だった。
リオンとロアは、頼まれた数ほど準備して、夕食参加に合わせてフィーナに手渡したのだった。
「一度試したかったんだよね~」
フィーナは上機嫌だ。
マーサとサリア、アルフィードは、それぞれの手に描かれた紋様を見惚れるように眺めている。
ロアとターシャは「年がらでもない」と恥ずかしそうにしながらも、眺める表情は嬉しそうだ。
雪原草が生息している国では、花の色を写す装飾は、女性特有のものとされている。
ザイルは好奇心から、フィーナの手をとると、様々な角度から眺め、紋様を指でなぞって落ち具合を確かめていた。
「ちょっ、ザイル。くすぐったい」
ひゃひゃひゃ。
……と笑うフィーナに、ザイルは気になったことを告げた。
「簡単には落ちないようですが……色を落とす時はどうするのですか?」
「え?
どうして落とさないといけないの?」
首をかしげるフィーナを見て。
「……え?」
他の女性陣は、ピシリ。と硬直したのだった。




