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猫と月の夜想曲~猫に転生した異世界転生者は脇役です~  作者: 高月 すい
第二章 セクルト貴院校
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3.ザイルの素性と女子寮と

 

 セクルトに来てから……正確に言うと、セクルトに赴くにあたって、ザイルが同行してくれることになって、彼が家に迎えに来てくれた時から、違和感はあった。


 セクルトという貴族の子女がわんさかいる場所に赴くからだと、ザイルが身に纏った装いを見て、フィーナは「貴族の正装」とは思えなかった。


 純白の上下の衣装は、趣向を凝らした刺繍や装いが加味されている。


 彼の装い見て、フィーナは開口一番


「なにそれ」


と、のたまったほどだ。


 ザイル曰く


「以前の仕事着の正装ですよ。これが無難かと思いまして」


と軽い調子で答えていた。


 ザイルに関しては、両親から「貴族籍の方」「就いている仕事を辞してまで、薬学を学ぼうとしている方」と聞いていた。


 フィーナはその件を聞いて、そしてアルフィードと親しい面を鑑みて、貴族籍ではあるが、そう身分の高い方ではないだろうと、勝手に思い込んでいた。


 だから日常会話でやりとりをしていたし、粗雑な応対をしていたと思う。


 セクルトに来て、ザイルの装いを目にした生徒が、さわざわと色めき立つ姿を視界の隅に捕えて、自分の認識が違ったのではと今になって思い至った。


 怖い物を、敢えて仕方なく見なければならない心地で、入学式の後、割り当てられたクラスを出て、寮へと赴く時分に、フィーナは思い切ってザイルに尋ねてみた。


「うちに来る前の仕事って、何してたの?」


 ザイルは意外そうに眼を瞬かせた。


「聞いてませんか?」


「貴族様ってことは聞いてたけど」


 フィーナの返答に「まあ、そうですね」と同意しつつ、ザイルはけろりとした表情で答えを返した。


「騎士ですよ」


「~~~~~~~あ゛あ゛あ゛っ!」


 行き場のない苛立ちで、フィーナは地団太を踏むに至っていた。



       ◇◇         ◇◇



「いくら薬草に関して学びたいからって、騎士をやめて村で生活するって、あり得ないと思うだけど。うんん。あり得ないから、絶対」


 騎士だからカイルと面識があったのだろう。


 カイルとザイルのやり取りを思い出して、フィーナはそう思い至った。


 騎士の組織構成はよくわからないが、王室なり貴族方なり。王宮に関わる所で武芸をもって警備している方々だと、フィーナは認識していた。


 騎士になるためには、相応の手順が必要とも聞いている。


 貴族籍であること、定められた学び舎での課程をこなすこと。


 もしくは、市井出身ならば、兵から経験と実績と功績を積んで、誰かの目にとまり、学び舎での課程を経て騎士となること。


 そして特例中の特例だが、騎士団を統率する者が認めれば、様々な手段をすっとばして、自身の騎士とすることもできる。


 ただ、特例を用いると、他の騎士団に鞍がえはできない。


 騎士は基本、本人の希望と所属長の希望で騎士団を変えることができる部署だった。


 当人や所属長の采配で、統率を取る騎士団を移ることも可能だった。


 ザイルは正規の手続きを経た、他の騎士団でも仕事ができる人材だったのだが、本人が望んで騎士団を脱退、アルフィードとフィーナの両親、リオンとロアに薬学を指示した、変わった経歴の持ち主となっている。


 騎士は武芸に自信のある貴族の花形部署だ。


 そこを辞して片田舎の薬草を細々とやり取りする家に、志願して仕事をするなど、誰も考え付かないだろう。


 セクルトで、ザイルの装いから騎士と判じた面々から寄せられた視線は、羨望の眼差しだった。


 それらから考えても、騎士がどれほど人々がうらやむ職種なのか、見てとれる。


 花形部署を自ら辞して、両親の元で薬学に興じるザイルに、フィーナは一般的な意見を述べた。


 一般的だが、フィーナの心情でもある。


 フィーナの言葉を聞いたザイルは、不思議そうに首を傾げた。


「私は自分が望む知識を得ようとしただけですが」


「騎士をしながら、宮廷とかで学ぶこと、できたんじゃない?」


「できませんよ」


 答えるザイルは、どこまでも爽やかな笑みで、達観している様相を見せている。


「エルド家が代々受け継いだ薬草と薬学は、宮廷にも王宮にもないものが数多くあったのですよ?」


 それを知って学ぼうとしないなどあり得ないだろうと、ザイルは言う。


 ザイルの言うことは、フィーナにはわかるような、わからないような事柄なので、追及を諦めた。


 ザイルの同伴は、心強くもあり、ありがたいことだったのだが、目立つことになるとは思っていなかった。


 他の生徒を見ると、同伴者として共に行動している者もいれば、同伴者を伴っていない者もいる。


 そう言えば、とフィーナはザイルに尋ねた。


「お姉ちゃんの時はどうしたの?」


「アルフィード嬢にはラーザがついたと思いますが」


「ラーザ先生?」


 小児校の教師の名前に、フィーナは意外な意外な思いで尋ねた。同時にザイルがラーザを知っているふうなのも驚きだ。


「ラーザ先生、知ってるの?」


「クラスは違いましたが、セクルトで同じでしたので」


 よくよく話を聞けば、ラーザも住む場所は違えど、町出身という出自は市井の民であった。


 アルフィードの噂を耳にした内閣府が、セクルトに相応しいか否か、確認するために教師としてドルジェに派遣されたのだと言う。


 アルフィードが卒業してからも、ラーザ本人の希望で、ドルジェに赴任し続けているらしい。


 ドルジェを希望している理由は、フィーナにも想像がついた。


 ラーザはドルジェ近くの町の者と所帯を持ち、子供も設けている。そのためだろう。


 ラーザの事をきいて、はた、とフィーナは思い至った。


「……ラーザ先生が同伴でもよかったんじゃない?」


「その手法もありましたね」


 同意しながら、にっこりと笑うザイルの表情から「任せられるとは思えないですけど」との意思がビシバシ伝わってくる。


 ザイルはあらかじめ、フィーナの成績、カイルの新入生代表挨拶の件を知っていたのだろう。


 軋轢ややっかみが想定できる現況では、ザイルの騎士であった経歴は防波堤になってくれる。


 しかし、目立ちすぎる。


 注目を浴びるのを本意としないフィーナには、居心地の悪いこと、この上なかった。


 入学式を終えて、割り当てられた教室で自己紹介を終えたあと、フィーナは女子寮へと足を向けた。


 さすがに寮内でザイルと同室はできないので、寮の入り口から使用人と思しき人に案内されて、部屋に赴いた。


 ザイルは以前勤めていた騎士団の宿舎で寝泊りをするという。


 部屋に案内されたフィーナは、中を見て驚いた。


 割り当てられた部屋は、二部屋が繋がっている。


 手前の部屋には机と書棚がそれぞれ一つずつ、奥の部屋は寝台が一つ置かれている。


 フィーナは案内して、下がろうとした使用人と思しき人を慌てて呼び止めて「一人部屋なのですか?」と尋ねた。


 フィーナはアルフィードから「寮の部屋は二人で同室」と聞いていたからだ。


 同室である心持ちでいたところの、あてがわれた部屋。


 教室での成績順に関するやり取りから想定できるところもあって、何とも言えない思いが胸の内にくすぶっている。


 聞かれた女性は「ええ」と答えた。


「学年ごとに、女性の中で成績が首位となった方が個室を与えられることになっていますので」


 学年の女性の中で首位。それは教室でのやり取りを踏まえて、フィーナも納得しなければならないことだったのだが。


 実家では、両親やザイル、伴魂のネコが狭い家のどこかに居て、姿を見ることができた。


 誰かしらの気配を感じられたのに、寮の部屋では伴魂のネコとしか同室できない。


 友人を作る機会を失ったように、思えてならなかった。


 姉のアルフィードは同室者と、オリビアとは違った友人関係を築いていたと話していたのに。


 寮の食事は食堂で、女子生徒が揃って、割り当てられた席に座ってなされる。


 部屋ごとに決められた席には食事が配膳されていて、食事開始を促す挨拶を寮長が告げた後、それぞれが食事にとりかかる形式のようだった。


 一年生の席で、フィーナも周囲にならって食事を口にしている時だった。


「我慢なりませんわ!」


 食事の時間は一刻と決められている。食事も終盤を迎えている者、すでに食べ終わっている者。


 様々な中、声は一年生の席から唐突に上がった。




 

ザイルの素性をフィーナが認識した話と、貴族の間で騎士はどのような存在か、立ち位置かをわかるようにと出した話です。

ザイルは貴族の私服・正装も持ってますが(当たり前ですが)、フィーナの同伴者として周囲に牽制をかける意味で、あえて騎士の時の服を着てます。

騎士団を退いてますが、オリビアとのやりとりがある関係で、念のため、持っていました。


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