3.伴魂試験、その結果
「不合格とはどういうことですか!?」
校長室でフィーナの父、リオンが、怒りを露わに声を荒げた。
母のロアは心配そうな表情を浮かべ、両親に挟まれて座っているフィーナは、リオンの声にビクリと体を竦めた。
正直、この時のフィーナはリオンの怒りも事の重要性も、よくわかっていなかった。
応接台を挟んだ向かい側には、担任教師のラーザ・モニクと校長が座っている。
二人が座っているソファの後方には、学年主任教師のガイが、控えるように立っていた。
フィーナは隣に座る父をうつむき加減にチラリとのぞき見る。
(うわ……)
リオンの怒りは激しかった。
膝の上に握り締めた拳が、腕が、ぎりぎりと震えている。
普段、穏やかなリオンが、ここまで怒気を露わにするのは珍しい。
「正直、私共といたしましても、心苦しく、致し方のない判断なのです」
ゆっくりと担任のラーザが話し始めた。
普段、にこやかな彼女とは違い、柔らかな雰囲気は一切なく、深刻な表情でリオンと向かい合っている。
対するリオンも譲れないというように、身を乗り出していた。
「小児校で一つでも『不合格』があることが、本人にどれほど影響を与えるのか、わかっているんですか」
「もちろん、存じております」
火花を散らす。
そんな言葉を連想させるやりとりが、リオンとラーザの間で繰り広げられている。
リオンはラーザの返答に、さらに眉根をひそめた。
「でしたら――」
「敢えて、申し上げさせていただきます」
ラーザはリオンより三つほど年巡りが下だと聞いている。
自分より年上を相手にしながらも、ラーザはひるむことなく応対していた。
「現段階における御息女、フィーナ・エルド嬢の特異な状況は、私を含めた教師一同、理解しております。
しかし国王陛下より通達されております、全国土共通の小児校教育方針に照らし合わせた結果、『不合格』とせざるをえない状況であることも、ご理解いただきたいのです」
事務的な口調だが、それは感情を抑えているためだと窺えた。
「私共、教師の間でも協議を重ねました。様々な部門に問い合わせを行いました。
何か手だてはないものかと考えうる限りのことは致しました。
……その結果が、今回の判定なのです。
思うところもございましょう。
言いたいところもございましょう。
ですが……このような判断をするしかなかった当方の事情も、ご理解頂きたく存じます」
「申し訳ございません」と深々と頭を下げるラーザにフィーナは驚いて、リオンに「もう、いいじゃない」と言おうとしていた。
しかしリオンの表情を見ると声を出せなかった。
自分が伴魂を得ていないからだとわかっているために。
今回、不合格認定となる『伴魂試験』。
まずをもって伴魂がいないと試験ができない。
全国民は、国が定めた機関で教育を受ける義務があり、卒業した者に修了証が発行される。
終了証には大まかな成績が記録され、本人の出自、生立ちを証明する役割を担っていた。
五つの年巡りの子供が受ける伴魂試験は、伴魂との意思疎通の具合を見る程度のものだ。
伴魂を取得すれば誰しも普通に行っているので、不合格者はまず出ない。
不合格は伴魂を制御できないとみなされ、いつ暴走してもおかしくない危険な状態と見られる。
合否の判定の前に、フィーナは伴魂を取得しておらず、小児校でも試験時に伴魂を取得していない子供の例もなく、判断に苦慮していた。
小児校に入学したばかりのころ
「通常、年半ばに行う伴魂試験を年度末に変更する。
それは御息女が伴魂を得ていないから。
なので年度末までには伴魂を取得してほしい」
そう教師陣はリオンとロアに告げていた。
――それがまさか、取得できずに一年を終えようとしているとは、フィーナ本人も両親も教師陣も思っていなかった。
リオンもロアも、年末が近づくにつれ、不安はあった。
伴魂を得られずに下される試験結果がどういったものになるのか。
二人は「判定不能」を予想していた。
しかし下された結果は「不合格」。
想定の範疇を遥かに越えていた。
修了証に記されるのは結果のみで、特段の事情があろうと「否」は「否」。
全国民が「合格」前提の小児校の修了証で「不合格」となるのがどれほど特異なことか。
頭を下げていたラーザは顔を上げると、次のように話し始めた。
「ですからどうか、年度末までには伴魂の取得をしていただきますよう、重ねて申し上げます」
ラーザの「年度末」との言葉に、リオンもロアも、虚をつかれてぽかんとした。
二人の表情を確認してからラーザは言葉を続けた。
「年度末――学年修了まであと二月あります。
それまでは御息女の『伴魂試験』は『結果保留』と致します。
確認をとったところ、終了証に記される試験自体、それぞれいつ行わなければならないのか、規定はございませんでした。
通達されているのは『その年の結果を残すこと』でした。言いかえれば年度内の結果であればいいとのことでしょう」
言いつつ、ラーザは苦笑をもらす。
「以前、相談した際には『取得できなかった時の試験結果』について、話していませんでした。
当方の思慮不足、確認不足に置いて御息女を含めたエルド家にいらぬ混乱と不安を与えてしまい、大変申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます」
頭を下げるラーザにならって、隣に座る校長、学年主任のガイも頭を下げた。
ラーザが話している内容は、単独で判断したことでなく、教師陣の総意なのだろう。
「年度末最終日、日付の変わる深夜ぎりぎりまでお待ちします。
ですのでどうか、伴魂を取得して試験に臨めるよう、お願い申しあげます」
リオンもロアも、猶予ができたことに安堵を覗かせた。
小児校側の譲歩と尽力を知り、感謝の意を込めて深々と頭を下げて礼を告げる。
期限は伸びたが、現状況に変わりはない。
リオンとロア、二人との話の途中、ラーザはフィーナに目を向けた。
「本当に伴魂にしたい子を見つけてね」
驚いたフィーナはラーザをまじまじと見つめる。
ラーザは近くに来たフィーナに微笑むと、膝の上に抱きかかえた。
そうしてフィーナの耳元でそっと囁いた。
「先生の伴魂ね、二匹目なの」
驚くフィーナに、ラーザは「ふふふ」と悲しげに笑い、話を続けた。
「初めの子はね、二つの年巡りの時に伴魂になってくれたの。
それからずっと一緒に過ごしてた。
一緒にいるのが当たり前で、ずっとそうだと思ってた。
それが……数年前に、私を庇って亡くなったの。
伴魂はいないといろいろと大変だから、そのあと、今の子を伴魂にしたの。
今の子も好きよ。大事に思ってる。
けどね。
伴魂は変わらない方がいい。
『この子がいい』と思わない子を伴魂にしちゃ、ダメだからね」
今回の話の根源は「フィーナが伴魂を取得していないから」である。
自分が妥協すれば、我慢すれば迷惑をかけないのでは。そう考えるフィーナを見越してのラーザの苦言だった。
まさにそう考えていたフィーナはラーザに言いあてられた。
居心地悪そうに身動ぎするフィーナをラーザは抱きしめて、再度言い募った。
「伴魂にしたいと思う子を選んでね」
わかった? と、フィーナを覗きこむラーザの顔は「イエスと言うまで離さない」意図が見えたので、フィーナは困惑しながらも頷いていた。
ラーザはそれを確かめてからフィーナを解放した。
それから話を終えた両親と連れ立って家に帰る時、リオンが遠慮がちに口を開いた。
「フィーナは、どんな子がいい?」
――伴魂は親が準備するものだが、子供の好みが重要だ――
両親と教師陣が話の中で、そう言っていたのがフィーナにも聞こえていた。
通常、親が子の伴魂を準備する。それは子の好みを理解したうえでのことだ。
リオンもロアも一度目の対面で伴魂を所得しているのは、それぞれの両親が子の好みにあった伴魂をあてがったためだろう。
リオンもロアもフィーナの好みに答えてきている。
が、いかんせん、フィーナは許容範囲が広い。
広すぎると言っていいほど広い。
たいていの小動物は忌憚なく触れる。
伴魂を選ぶに関しては、間口が狭い方がヒット率が高いのだろうと、リオンとロアも考えるようになっていた。
二人の子供のころは、好き嫌いがあったので、両親が選んだものも受入れやすかったのだろう。
フィーナはほぼ全ての動物が許容範囲内だ。
リオンとロア、それぞれの子供の頃の経験から、自身は聞かれたことのない子の好みを聞いてみるに至った。
「一度目で伴魂契約できない方も結構いらっしゃいますよ」
との教師陣の情報も、二人の背中を押していた。
リオンの問いに、フィーナは迷いつつ、前回の伴魂契約の試みで気付いたことを口にした。
それが難しいとわかっていたが、的外れな行為で時間を費やすよりいいのではと思えたのだ。
「……目が赤い子は……苦手かな……」
リオンとロア、二人はすぐには返事が出来なかった。
フィーナの意味するものが簡単ではないと理解してのことだった。
難しいが、無理だと言えないのが悩ましくもある。
リオンとロア、二人の娘でありフィーナの姉であるアルフィードの伴魂がそれに該当するのだから。
長い沈黙の後「そうか」とリオンはつぶやいた。
手をつなぐロアが軽く頭を撫でる。
見上げると小さく微笑んでいた。
伴魂探しを頑張ろうと三人で話していた折、フィーナは思い切って口を開いた。
それは前々から思っていたことでもあった。
「私も伴魂探し、してもいい?」
きりのいい所で区切るようにしてるので、話が長いですかね~。