17.文献探し 11
「その料理が、これまでにないものなのが問題なのです。
――あなたも、今回の件で身に染みたでしょう?」
レイダム領の件で、皆が奔走しているのは、フィーナが口にした、不用意な話が発端だ。
唇を引き結び、両手に力を込めて俯くフィーナに、ザイルが静かな口調で訊ねた。
「マサトと――何かありました?」
「――マサトから……聞いてないの?」
「はっきりとは何も。
二人の様子がおかしいので、何かあっただろうとは思っていましたが。
ケンカにしては、フィーナからの愚痴を一向に聞かないので、これまでと状況は違うのかとは思っていました」
「変わらないよ。
マサトに、すっごく怒られて――呆れられた」
俯いたままつぶやいて、椅子に置いている手を、ぎゅっと握りしめた。
ドルジェにいるころも、マサトとケンカしては、ザイルに愚痴をこぼしていた。
ドルジェにいた頃のフィーナにとって、ザイルはマサトの秘密を共有している唯一の人だった。
だから、どうしても頼ってしまう。
弱音を、吐いてしまう。
「マサトが、どうしてあんなに口うるさいか、わかってるようで――わかってなかった。
……今さらだけど……レイダム領の件で、ようやくわかったって感じで。
そんなんだから、マサトがめちゃくちゃ怒ったの」
――自己評価が低い。
告げたマサトの声が、耳奥に残っている。
――もっと気をつけろ。
マサトに、そう言われてきた。
フィーナは首席である成績、周囲から神聖視されているアルフィード、王族のオリビアやカイルとの関わり等、普通でない状況を認めろと言われていると思っていた。
しかしターシャの言葉でハッとした。
自分の知識の中に、自分のものでないもの――マサトの記憶が混ざっていると気づいた。
愕然として――恐ろしかった。
グラタンのチーズの件が、まさにそれだった。
気付くと、マサトの忠告が、別の意味合いを持って見えた。
知識の根源が何か。
理解したうえで話すようにと、マサトは言っていたのだ。
ルディにカジカルの件を話した時も、キンラについて話す前に「なぜ知っているのか」思い起こせば「マサトから得た知識」との認識の元、もっと上手く対処出来たかもしれない。
ほんの数秒。
振り返って考える時間をおざなりにした結果、周囲に迷惑をかけている。
何より、自分の身を危うくしてしまった。
「マヨネーズもね。私、知ってるの。
ここでない場所でマサトが食べた、味とか触感とか。
作る時の手の感覚とか、見た目とか。
マヨネーズって、マサトの身近にあったものなの。
その作り方って、いつも食べるものの再現だから、作る過程のいろんなタイミングってわかりやすいのね。
卵黄とお酢を混ぜて、油を入れるタイミングとか、どんなふうになればいいかとか、混ぜてる時に伝わる手の感触とか。
……できて当たり前だよ。
出来上がりがどういうものか、知っているんだから」
上手く作れなかったザイルとロアは、数えるほどしか食したことがないため、どういったものかの概念がおぼろげだったのだろう。
改めて自分の特異性を認識した。
話を聞いていたザイルは、ゆっくりと体を起こすと、フィーナに両腕を開いて見せた。
何かを促すザイルに、フィーナは首を傾げる。
「胸なら、いつでも貸せますよ」
――幼いころ。厳しいマサトの鍛錬に癇癪を起した。
マサトとケンカして、ぼろぼろ涙をこぼして「自分は悪くない。厳しすぎるマサトが悪い」――そう思いつつ、怒ってどこかに行ってしまったマサトの、自身の伴魂の不在に心細さを覚えつつ。
そうした時、側にいたザイルに愚痴をこぼして、心細さを埋めるように、彼に抱きついて、顔をぐしゃぐしゃにしながら、ボロボロ涙をこぼして、声を上げて泣いていた。