9.文献探し 3
リオンとロアは、よく見る本の場所を覚えている。
そうした観点から、元あった場所に戻すよう、目印やメモを利用しつつ作業していた。
皆で第一段階に取りかかっている時、フィーナはザイルに声をかけられた。
そう言えば、ザイルに礼を言っていない。
情報をもたらしてくれたこと、作業を手伝ってくれること、何より、家を提供してくれた礼を告げると、ザイルはなぜか上機嫌だった。
「久しぶりにフィーナの薬茶が飲みたいのですが」
「え……でも……」
自分の為に皆が手伝ってくれるのに、当の本人が作業から離れるのはいかがなものか。
そう思って周囲を見渡すと、ザイルとフィーナの会話が聞こえていたのだろう。
視線が2人に集中していた。
その誰もが、期待に満ちた眼差しを向けている。
「え? えっと……?」
戸惑うフィーナに、アルフィードが皆の気持ちを代弁した。
「朝早くから起きて、長く馬車に揺られて疲れているから。
休憩も兼ねて、お茶を準備してちょうだい。
私も、久しぶりにフィーナのお茶、飲みたいわ」
姉に促されて、フィーナは戸惑いつつ、側の実家で薬茶を煎れた。
フィーナの作業に気付いた両親にも頼まれて、二人にも煎れる。
先に口を付けた二人は「ほう」と満足げな息をついた。
「材料は同じなのに、なぜかしらね。
フィーナが煎れた方がおいしいのよね」
告げる母と同じく、後にザイルも同じことを言っていた。
材料はあるから、時々自分でも煎れるのだが、なぜかフィーナが煎れてくれたようにはいかない。何がどうとは言えないが、物足りないのだという。
「そうなの?」
いつも自分で煎れているから、フィーナはよくわからない。
茶葉を渡している姉、サリア、カイルと――なぜかアレックスとレオロードもザイルに同意して頷いていた。
書庫のテーブルにお茶を準備する。
朝から根つめていた面々は、フィーナが煎れた薬茶を口にして「ほう」と体の緊張を解いていた。
テーブルには薬茶と茶請けが小皿に準備されている。
「これは?」
「野菜の塩漬け。保存食だけれど、お茶を飲む時、塩っけがあると何かおいしいの」
「食感がいいですね」
口にしたレオロードがポリポリシャクシャク音を立ててながら、珍しそうに告げる。
「保存食にしては瑞々しい」
「浅漬けだから」
「これは?」
カイルはもう一つの小皿に盛られた、赤い実について訊ねる。
「それはクルの実」
「え……」
サリアが顔色を変える。
それに気付いたフィーナが補足した。
「大丈夫。サリアが苦手な酢漬けじゃないから」
クルの実の酢漬けは、庶民から貴族籍の面々まで、幅広く食されている。
身分を問わず、国では一般的な薬味であり、酢の効果を利用した防腐剤であり、夏の汗を汗をかいた体の疲労回復にいいとされていた。
しかし、酸味が強い食材であることから、苦手とする人も少なからず存在した。
サリアもそのひとりである。
サリアから聞いていたフィーナは、実家にある食材を「いつか試してもらいたい」と思っていた。
機会である今日、茶請けの一つとして出したのだ。
「大丈夫。酸っぱくないから」
にっこり笑って、自信満々に告げるフィーナを、サリアは戸惑いの眼差しを向けていたが――。
意を決してパクリと口に含む。
話の流れから、サリアが口にするまで、同席した面々、口にするのを遠慮していた。
フィーナはサリアの為に用意したものなので、サリアが最初に口にすべきだと思ったのだ。
顔をしかめて咀嚼していたサリアは、一噛み、二噛みした後、体の緊張と顔の強張りを解いて、キツネにつままれたような、戸惑いを含んだ表情をフィーナに向けた。
「――酸っぱくない。……これって……甘いの?」
「美味しい?」
「ええ。これなら食べれる……」
サリアの話を聞いて、同席する面々がこぞってクルの実に手を伸ばす。
不思議な食感に驚きながら、成人を迎えているザイルが眉を寄せた。
「これはアルコール漬けではなのですか?
クル酒の実と同じ味わいですが……」
クルの実は、甘味料とアルコールに漬けこんで、果実酒ともなる。
果実酒として、実も食せる。
クル酒の実と同じ味わいだと、ザイルは告げる。
「違うけど……もしかして発酵してる?」
「発酵?」