28.そして物語は本筋へ
「あなたの素性、そろそろ教えて頂けませんか」
ザイルはエルド家に戻ると、寝ているフィーナの枕元で丸くなっていた白い伴魂に声をかけて、森の一角、魔法の鍛練場に誘った。
オリビアの元を出た時には、すでに日が傾いていて、エルド家に戻った頃にはとっぷりと日が暮れていた。
人目を忍んだ話なのだろうと、ネコも応じてくれた。
森の一角は開けているので、月が輝く夜は、月明かりだけでも十分明るかった。
ネコは定位置としている切株に座っている。
ザイルは向かいあう場所にある倒木に腰をおろした。ネコと話す時はフィーナもザイルもそうした形をとっている。
月明かりに照らされて、ネコの白い体毛は仄白い。
闇夜に浮かび上がる白い姿は、神々しくもあり、現実離れしているように見えた。
日中は空色に見える瞳が、夜闇の中では他の獣同様、黄黒色い光を帯びている。
気品を感じる姿に、ザイルは少しの間、見入っていた。彼もベルーニア家の気質にたがわず、珍しい伴魂に並々ならぬ興味を抱く。ネコが人語を介さない普通の伴魂であっても、魅了されていただろう。
月の明かりの中、ザイルは本題を切りだした。
ネコは静かにザイルの言葉を聞いていた。
ザイルは返事を待っていたが、沈黙が続いたので、再度、言葉を募る。
「以前、接触してきた者。こちらでもこれまで調べてきましたが、手がかりがつかめません。
これまでは私が側でフィーナの護衛をしていましたが、セクルトではそれもかないません。
あなたはご自身で自分の身を守れるのでしょうが、フィーナはどうでしょう。いくらか魔法で身を守る術を身につけているでしょうが、万全と言えますか」
ザイルの言葉を、ネコは静かに聞いていた。
聞いたうえでネコなりに考えを巡らせた後、小さく息をついた。
『フィーナの護衛と俺の素性。関係あるのか?』
「あなたが伴魂でなければ、フィーナにも危険はなかったでしょう。
ではあなたを狙った輩は? なぜあなたを狙った? なぜあなたは人語を操れる? なぜ一般的な伴魂となれる獣と相違点が多い? なぜ多種多様な知識を持ち得て、国で一般的とされる手法と大きく異なる? 知識はありつつも常識が抜け過ぎている、この落差は? なぜ人に魔法を指導できる? ――他にも疑念はあります。それらがあなたの素性につながっていると思うのは間違っていますか?」
ネコはせき立てるように告げたザイルの言葉を、静かに聞いていた。
聞き流す風でもなく、受け止めて、どう答えようか考えているようだった。
長い沈黙を経て、ネコはゆっくりと口を開いた。
『素性を尋ねるのは、己が好奇心の為か?』
「なぞ解きは自力で解いてこその醍醐味でしょう。
本心を言えば、あなたと接する中から蓄積される事象をもって、真実にたどり着きたかったのですが、フィーナの安全を考えると個人的嗜好にかまってられませんよ。
……以前、捕えた輩は牢から逃亡し、依然行方知れずのままです。フィーナの身の安全を考え、とりえる限りの方策は準備しておきたいのです」
フィーナの安全を考えての事だと告げるザイルに、ネコはついと顎をあげて空に目を向けた。視線の先には丸い円を描く、青白い月が皓皓としている。
返事のないネコに、ザイルは自嘲の笑みを浮かべた。
「それとも、まだ私が信用できませんか。
言い訳にしかなりませんが、あなたとフィーナが襲われたあの時、躊躇しました。
あなたとフィーナに気付かれないように護衛するよう言われていましたから。それを抜きにしても、あの輩の動きは想定外で、身動きがとれませんでした。
珍しい獣を狙う輩からの護衛を、オリビア様も私も想定して対処していました。情報も仕入れて、実際、事前に対処したものもあります。
ですがあの輩の情報は何もなかった。
実際、あの輩が行動を起こすまで――起こしてからも、状況を把握できずにいました。
その間に、あなたとフィーナが対処したのです。
……まさか魔法を使えるとは思いもしませんでしたが。その魔法も私が知る物とは全く異なる物だったので、不謹慎にも興奮してしまい、それに関しては申し訳なく思っています」
しばらく考え込んだネコは一つ息をつくと、ザイルに顔を向けた。
ようやく答えを聞ける。我知らずわずかながら緊張に包まれるザイルに、ネコはゆっくりと口を開いた。
『どう答えればいいかわからないし、こう言ってもわかってもらえるか、わからないが。
……俺にはこの姿、ネコとして生を受ける前の、人としての記憶がある。
それもこの世界ではない場所で生きた記憶だ。
異世界からの生まれ変わりなんだよ、俺は』
やっとたどり着けました。
これまでは表立って書かないようにしていたものを、今度からは書けます。
伏線も少し回収できました。
タイトル「猫と月の夜想曲」
猫(←伴魂=異世界転生者(脇役))と月(←夜が話に絡んできます)の夜想曲(←夜会のイメージ)
そうしたイメージでつけました。
次回からセクルト貴院校編です。
もともとセクルトから書き始めてましたが、うまく話が進まず、始まりから書くようになりました。




