80.第一王子の側仕え 23
◇◇ ◇◇
「そういえば……」
サリアとカイルに、レイダム領とフィーナの噂を相談した夜。
就寝しようとベッドに横になったフィーナは、ふと思い出したことを口にした。
仰向けになって掛け布団を肩までかぶって、明かりのない部屋の中、天井を見上げてフィーナはつぶやく。
フィーナの枕元で体を丸めていたマサトは『うん?』と、頭を持ち上げた。
「レイダム領のカジカルの件、話した女の人が言ってたんだけどね。
殿下に話したの聞いたって――カジカルの話した時、使用人の人、いなかったと思ってたんだけど――」
「後先考えない」「不用意な発言が多い」と常々言われていたので、フィーナなりにルディと話す時は細心の注意を払っていた。
ルディの側仕え2人は世話係になる経緯と殿下の性格を知っているから、砕けた会話でも咎めはしないだろう。
側仕え2人以外が室内に居る時は、ルディに強要されない限り、礼儀作法に則っていた。
ルディは面倒がったが、そこはフィーナが頑として譲らなかった。
砕けた会話を望むなら、同室する者に「フィーナは命じられて仕方なく」なのだと示して欲しかった。
そうした注意を払っていたが、カジカルの話の時、使用人の女性が室内に居たのを失念していたか――。
フィーナはその時の状況を、居合わせたマサトに確認した。
マサトは思い起こして『いや? 殿下と側仕え以外、いなかったはずだが?』と答えた。
「そうだよねぇ……。あの人、どうして知ってたんだろ……」
うつらうつら、睡魔に思考を浸食されながらのつぶやきは、解答まで辿りつかなかった。そのまま、眠りへと落ちていった。
この時はマサトも、フィーナの呟きを気にしていなかった。
眠りかぶりの思考で『ふーん?』と思った程度だった。
……後に。
この時、聞き流したことを歯がみすることとなる。
◇◇ ◇◇
ルディがフィーナに問いただした後。
ルディはその足で自室に向かった。
途中、人を使わせて呼び出しをかける。
ルディが自室に戻ってしばらくすると、呼ばれた者が扉をノックして自身の名を告げた。
入室を許すと、机に面した椅子に座るルディの側に足を進めて、簡易な挨拶を送った後、直立の姿勢をとった。
「お呼びでしょうか」
ルディは思考を巡らせつつ、目の前の人物を見上げる。
ジェイク・アズマイヤ――。
幼いころから行動を共にしている、ルディにとって単なる側仕えの域を超えた、信頼を寄せる人物だ。
ルディはしばらくジェイクを見たあと、静かに口を開いた。
「レイダム領のカジカル被害対策。フィーナ・エルドの案だと広めたのはそなたか?」
ジェイクはルディの言葉に小さく目を見張った。
「広めた覚えはございませんが……」
「エルドの名を出したのか」
ジェイクは答えない。
答えないジェイクの行為は、肯定を示しているとルディは判断した。
「どういった事態になるか、そなたならわかったはずだ」
不快感露わに告げるルディに、ジェイクの表情の変化はなかった。
入室した時のまま、律した姿勢を取り続けている。
「私の功績とするのが不服か?」
フィーナの名がなければ、レイダム領で対処した功績は、ルディが立案、実行したものとされていた。
通常、配下の者の案を採用して成果を上げるも「功績者」と名が知れるのは采配者だ。
提案者が注目されるのは、案自体が注目されるものだった場合だ。
レイダム領の功績は、対処した内容と、ルディの迅速な行動が評価されている。
特に対処法については、他の領からの問い合わせも受けていた。
それは交渉如何によっては、ルディの手札と成りえるものだった。
レイダムでカジカル対策にキンラが効果があると知ってから、ルディはうまく対処できれば、周囲の注目を集めると想定していた。