79.第一王子の側仕え 22
「え?」
フィーナは驚きに目を丸くする。
円卓に突っ伏してた体を起こして、背筋を伸ばした。
「お……覚えてないよ、きっと。ずっと前の話だから」
「教えられて助けてもらった側としては記憶に長く残り続けるものよ。
その時、どう助言したのかはわからないけれど」
言われて、振り返る。
あの時は父に文献で読んだとの話で伝えたはずだ。
「だったら、まずフィーナのお父様に聞き取りされるでしょうね。お父様もフィーナから聞いたと覚えていたとしても、すぐには名前は出されないはずよ。フィーナから聞いたと覚えてなくても、文献で得た知識だとは覚えているはず。文献で読んだとするなら、その文献を求められるわ。まず、文献はあるの? 見たことあるの?」
フィーナはマサトを見た。
マサトは渋面で小さく首を横に振る。
『俺が見たのはアブルードでだ。
フィーナの家の文献、全部読んでるわけじゃないから、記載されたの、あるかどうかも不確かだ』
「な、無くしたことにすれば……」
「フィーナの御家族は、簡単に本を無くされる方なの?」
「それは……」
「この前聞いた話では、集めた文献を大切にされている方々だと思えたけど。
フィーナが文献で読んだ知識だというのなら、全てに目を通してでも探されるんじゃない?
――フィーナの言ったことを信じて」
「そうでなくとも、貴族籍の要請に、簡単に「不明」とは答えられない。
不当に提出を拒み、独占したいのだと勘ぐられて、罰せられる可能性もある。
万人の利益になるものを、個人の利の為に占拠していると見られるからな。
国の為に、他の民の為に、献上きないのかと非難される。
下位の者は上位の者からの命令に逆らえない。
――悪いが、身分差とはそういうものだ」
言いにくそうに告げるカイルに、フィーナは自然と背筋が伸びていた。
姿勢を正して、顔を強張らせている。
手は自然と膝の上に揃え置かれた。
再度、背筋の凍る思いを味わった。
――自分が考えなしの行動をとったと、わかってはいた。
わかっていたが、サリアとカイルの話から、大丈夫そうだと感じて、安堵していた。
以後、マサトの事情を知らない人の前で話す時は気を付けようと思っていたが――サリアとカイルの問いに答えられるような、細部に至る注意を心がけようとも、対応しきらなければならない覚悟もできていなかった。
今後、気を付けるというのに、マサトはなぜ、こうも口うるさいのかと煙たく感じていたが――口うるさいのも道理。
伴魂である彼は、フィーナの覚悟の軽さを見透かしていたのだ。
顔を強張らせて口を閉ざすフィーナをしばらく眺めていたマサトは、小さく息をつくと立てた尻尾をゆらゆらと揺らめかせて、サリアに礼を告げる。
『ありがとな。具体的な現実を示してくれて。やっこさんもようやく身に染みたようだ』
想定される状況が、実際あり得るのだと感じて、フィーナは体の芯が冷える恐ろしさを感じていた。
どんなに手を尽くしても、状況を打破できないこともありえるのだ。
マサトの礼を受けたサリアは「礼を言われることでもないのだけれど」と思っていた。
サリアが告げた内容は、フィーナを戒めるためだったのではなく、これから先、状況如何でありることなのだ。
サリアとしては、対応策を話し合いたかったのだが……フィーナの様子を見る限り、今は無理だろう。
体を強張らせるフィーナを気遣って、声をかけないようそっとしつつ、サリアはマサトとカイルと話していた。
サリアとカイルとマサトの話は、状況確認に留まる内容だった。
話を切り上げて演習場を後にしたサリアは、寮の部屋に戻ってから、マサトの勉学指導の時、そっと、とある事情を告げていた。
役に立つのかどうか、サリアにもわからなかったが……ずっと気になっていたことだった。
話を聞いたマサトは、驚きながらもサリアに『覚えておく』と告げた。
『外野がどうこうできるもんでもないだろ。
確認はしておく。
どうするかは当人に任せるよ』
マサトの言葉を聞いて、サリアは安堵しつつ――どうしても拭えない不安を感じていた。
(考えすぎで終わればいいのだけれど……)
理由のない不安を感じつつ、取り越し苦労あるよう願っていたが――不安は的中してしまう。
サリアがその話を知った時には、想像以上に事は進んでいた。