73.第一王子の側仕え 16
ルディが言っている意味がわからず――本当にわからず、フィーナは混乱した。
聖女でもないのに、聖女と誤認させる。
そんなことをする理由が、本気でわからなかった。
呆然とするフィーナにルディは小さく息をつくと、部屋の隅にいた使用人の女性を下がるように告げ、代わりに秘匿者二人に飲み物を準備させるよう命じた。
ほどなく、秘匿者二人が入室して飲み物を用意した。
フィーナにも出されて、ルディに促されるまま口にする。
緊張で口の中がカラカラに乾いていたから、口内を潤す水分はありがたかった。
口を湿したのを確認して、ルディは質問を続けた。
――一つ、前置きをして。
「他に人はいない。
思ったことを遠慮なく話せ」
秘匿者はお茶を出すと、部屋の隅に下がった。その場所からはルディとフィーナの口の動きは見えないだろう。
ルディの配慮を感じて、フィーナは「おそれながら――」と口を開いた。
「状況が、わかりません」
「……なに?」
フィーナの言葉に、ルディは眉をひそめたのだった。
「全てがわからないのです。
なぜレイダム領の件に私が係わったことになっているのか。
なぜ私が聖女と言われるのか。
ルディ殿下は何を気にされているのか。
質問の核をどこに据えるかで答えも変わってくるので、どう答えればいいのか、わからないのです」
「……ふむ」とルディはフィーナの心情と状況を理解して、一つ一つ訊ねた。
まずはレイダム領での問題についてだ。
レイダムでカジカルが問題になっていると、フィーナは全く知らなかった。
ルディが話したカジカルも、自邸で飼っているのだと思い込んでいた。
「カジカルを養っていると話したか?」
養った覚えがないルディが眉をひそめて訊ねると、フィーナは「申し訳ありません。私の勘違いにございます」と肩を落として説明した。
「貴族籍の方にそうしたことをなさる方がいらっしゃると聞いたことがあったので、殿下もそうなのだろうと勝手に思ってしまいました」
「カジカルを養う……酔狂だな」
「子供はかわいいのですよ。大人になったら森に戻すと聞いています」
後に中央貴族でなく、地方貴族の間で愛玩とする地域があると、ルディとフィーナも知ることとなる。フィーナが聞いていたのは、そうした地方貴族の話だった。
「勘違いにしたにしても、領の話だと思わなかったのか?」
「思いません。私のような殿下に関わりのない者に、自身の領地の問題を話されるとは夢にも思っておりませんでした」
「レイダムのカジカルの話は、聞き耳をたてずとも聞こえていただろう?」
実際、レイダム領のカジカル被害の噂は、そこかしこで起きていた。
レイダムは国随一の紙の算出領だ。
その紙の原料、ヒヨウは、育成に時間がかかるが、気候の影響を受けにくい植物だった。
軌道に乗れば安定した生産があるが、そうなるまでに時間がかかるため、レイダム領以外の領ではヒヨウの産出は少ない。
紙の産出を一手に担っていたレイダム領での、紙原料の被害。
先々、紙が不足するのではと懸念する輩の口さがない話は、ルディにも届いていた。




