68.第一王子の側仕え 11
マサトは単独で行動した時、遠目で第二王妃を伺ったらしいが『なんかヤだ』と、眉をひそめていた。
第二王妃も認めたのなら、ハロルドの慢性的な魔力不足も大きく改善されるだろう。
目的を果たしたと安堵したフィーナは、頃合いをみて
「やっぱり忙しいから、世話係無理です。ハロルド様もずいぶん、調子がよくなったようなので、もう大丈夫ですよね? サンザシの実は御望みの時にお渡ししますから」
(使用人伝いで)
と、最後の一言は胸の内で呟いて、ルディに告げたのだった。
元々、ハロルドの世話は試験的なものだった。
お試し期間をもうけることで、フィーナ側としては時期が来たら断る前提だった。
その時期が来たのだ。
サンザシの実を渡す際も、ルディとの接触を極力持たないつもりだ。
オリビア、カイル、サリアの話から、そうした方がいいだろうと、フィーナは感じていた。
もともと、第一王子と接する身分でもないのだから。
それに……。
ルディと話す時、ルディの側仕えが向ける視線も、フィーナには居心地が悪いものだった。
値踏みするように見つめ、動向を探るようにずっと見ている。
警戒されているのだろう。
(心配しなくても、何もできないよ)
するつもりもないし、ルディに興味もなかった。
フィーナにとってルディは、第一王子であり、オリビアとカイルの兄、そしてハロルドの主との認識だけだ。
懐いてくれるハロルドには情が移って、会えなくなるのは寂しくもあるが、体調が良くなった安堵の方が、寂しさより大きく胸を占めた。
同時に、王城で過ごす緊張から解放される喜びもあった。
試用期間とルディも了承していたので、ルディも世話係を終えるフィーナの願いを受け入れた。
引き継ぎなど、あと数回は来てほしい。
そう告げるルディにフィーナも「それもそうだな」と受け入れた。
共に世話をする者達と情報を共有していたが、改めて確認し、伝えておきたいこともあった。
そうしてハロルドの世話がひと段落したころだった。
……フィーナの周囲に変化が表れ始めたのは。
◇◇ ◇◇
第二王妃及び第一王子が治める領地レイダムで、カジカルが例年を超える繁殖をみせていた。
カジカルは、マサト曰く『シカに生体が似ている』野生生物で、姿形は『シカそのもの』、しかし『雄も雌も角は生えない』生物だった。
食物も『シカと酷似』していて、植物なら食べれる範囲が広い。
カジカルはヒヨウを好んでいた。
ヒヨウは紙の原料で、レイダムの特産物だ。育っても人の膝までの高さまでしか成長しない、繊維質の細い低木だった。低木ながら成長は極端に遅く、種をまいてから発芽まで一月を要し、苗木を植えて収穫できるまでに半年を要した。
カジカルは通常、山を住処とし、人里に来ることはなかったのだが、大幅に繁殖したせいか、人里まで降りて来るようになった。
そうしたカジカルがヒヨウを食べてしまう――カジカルによる食害が、レイダムで問題となっていた。
柵を作る、罠をしかけるなど、対策しているのだが、意外に力の強いカジカルに、簡単に壊されてしまう。頑強な塀を作ろうにも時間がかかるため、出来上がる頃には甚大な損害を受けているだろうと想定された。
領民が頭を抱えていたカジカル対策に、第一王子、ルディが対処し、功を奏した。
キンラという植物がある。
蔓状の一年草で、育ちが早く、手の平ほどの丸い花を付ける。昼夜問わず花弁を開き、五日ほど咲き続けた。花は数カ月の間、次々に発生し、花弁を開く。
カジカルはキンラの花の香りを極端に嫌っていた――。