66.第一王子の側仕え 9
カイルのことだろうかと思い、だからだろうかとも思う。
「なぜ、あれほど助言なされたのです?」
口に出すのをためらった問いを、サリアは口にした。
手だてだけでなく、オリビアの状況、利用できるカイルの状況までも話していた。
……何かしらの意図がない限り、父がそんなことをするはずがない。
サリアの問いに、ガブリエフはしばらく黙した後、口を開いた。
「……なぜだろうな」
ガブリエフ自身、自分がとった行為に理由を見いだせなかった。
理性的な理由は……おそらくない。
感情的な理由があるだけだ。
「おもしろい」と、思ってしまった。
兄と姉に憧憬を抱きつつ、自分を認めない兄に歯がみし、姉には兄より近しいながらも、気兼ねない親しみを抱ききれない。
自尊心に捕らわれて、無意識のうちに自分自身に枷をつけて。
高慢さで、自分を大きく見せようとしていた――。
ガブリエフが知っているカイルは――セクルト貴院校に入学する前のカイルは、そのような性格だった。
今回、サリアから面会の打診があったときも、内容は使節団の件だと思っていた。
状況を説明しろと、現段階では言えないのに無理を言われると思い「時間がない」を理由に断っていた。
けれどサリアがあまりに食い下がってくるものだから、仕方なく応じたのだが。
会ってみれば話はフィーナ・エルドの件のみ。
使節団の話を知らないどころか、話を聞いても全く慌てない。
状況がわかっていないのだろう。
ガブリエフはすぐに思い至ったが、自身の考えを口にするのに幾分かのためらいはあった。
それでも話したのは、火種を生じさせたくなかったからだ。
考えを告げたガブリエフに、カイルは礼を告げた。
ガブリエフはカイルから礼を言われることにも驚いていた。
ガブリエフが記憶するカイルは、礼を告げる性格ではなかった。
進言するのが当然だと考える性格だったはずだ。
思わぬ謝礼に、ガブリエフは驚いて、反射的に苦言を呈していた。
その苦言をカイルは逆手にとって、最初に告げた「学生とその同窓生と保護者」の関係を持ち出した。
――想定外の対応だった。
ガブリエフは常に、先を読んで行動していた。性分というのか、性格と言うのか。
状況がどう変化するのか、その物事に関する主要な面々を把握し、その面々の性分等を把握していれば、事が動く前に成り行きを想定できた。
元は同世代の、何かとやっかんでくる親族、フォールズへの対処として身に着けたのだが、学業の成績もよく、人の感情の機微にも敏感だったガブリエフは、貴族籍として政の役職についてから、元々持ち得ていた能力により、財務大臣から宰相となったのだ。
――本音を言わせてもらえば、財務大臣就任を持続して、試みたい改革があったのだが、宰相職者の自堕落な公務をどうにかしなければ、国の不利益が生じると目に見えていたので、やむなく、啖呵をきって宰相職に就いたのだった。
就いて、後悔した。
前任者の怠慢は甚だしく、加えて私利私欲にまみれた仕事内容を目の当たりにした時には、回れ右をして、見なかったことにしたかったほどだ。
しかし就任してしまった以上、対処するしかない。
頭を悩ませつつ対処した、そうした経験を重ねながらも、ガブリエフ自身にはいずれも想定の範囲内の出来ごとだった。
ガブリエフは人の行動を予測できるようになっていた。いつの頃からか、だれもがガブリエフの想定の範囲内の行為をとっていた。




