64.第一王子の側仕え 7
ガブリエフの仕事ぶりはカイルの耳にも届いている。仕事ぶりと同時に、彼の人となりも聞いている。
常に中立中性。
私情を挟まず、私情に流されず、最善と思われる策を講じていく。
そのガブリエフが自分の考えを告げるのは、カイル自身を思ってだけではないだろう。
「何か、問題なのか」
尋ねるカイルに、ガブリエフは思慮を巡らせた後、おもむろに口を開いた。
カイルが縁談を受けると、慣例に従わないと見られ、それは正妃の第一子が第一王位継承者となる慣例にも疑問を抱かせる事態に成りえること。
慣例に従わなかったカイルは、オリビアでなくルディを支持しているのだと取られかねない事態も想定されるのだと。
「カイル殿下の御耳に届く際には決定事項として知らされる可能性もございます。実際、決まったとしても、慣例を乱すから出来ないと断って頂いて構いません。むしろ、それくらいの気概を周囲に示すべきでしょう」
ガブリエフの助言に納得しながら、カイルは懸念がのぞけなかった。
「なぜ、助言をくれるのだ?」
娘の知人のよしみだからだろうか。
そう思ったが、ガブリエフはあくまでもガブリエフだった。
「無用な争いは避けたい。御三方の均衡を保つ手段の一つを口にしたまでにございます。
……それに殿下は御三方の中で若輩になります。
王女殿下、ルディ殿下には、相応の助言を呈す者が近くにおりますが、カイル殿下はそうではない。それも当然。ルディ殿下も王女殿下も、カイル殿下の年の頃には同じようなものでした。カイル殿下はこれからなのですから。
なのに、御二方が経験していないことを、何も知らないカイル殿下に押し付けようなど……」
ガブリエフは不快露わに顔をしかめて、そこで言葉を止めた。
あとでサリアから聞いたところによると、口をつぐんでいなければ、罵詈雑言が湧き出る清水のごとく、よどみなく流れていただろうとのことだった。
ガブリエフは信念に従って助言してくれたのだろう。
そうわかっても、カイルにはありがたいものだった。
対処できる心根と時間を得られたのだから。
「宰相殿。心遣い、痛み入る」
告げたカイルに、今度はガブリエフが驚く番だった。
「殿下。そのように簡単に礼を述べるなど……」
ガブリエフは「念のため」にカイルに諭すように告げた。
カイルは王族の者だ。礼を告げる時は、時と場所、相手を選ぶ必要がある。
ガブリエフがもたらした情報は、カイルにとって有益なものだ。礼を告げるにしても言い方がある。カイルの言い方だと、相応の見返りを約束したと取られかねない。
ガブリエフの懸念はカイルもわかっている。
「サリア嬢の父君に礼を告げるのは、おかしいことでしょうか?」
口調を変えて、にっこり微笑んで告げるカイルに、ガブリエフは虚をつかれて目を丸くした。
「ここはセクルト貴院校です。セクルトの理念は、在校生同学年は身分に違わず等しくあること。
受けた恩義に感謝の意を伝えるのは、人としての礼儀でしょう?」
作った笑顔を崩すことなく、しかし告げた言葉に偽りはない。
ガブリエルは、平然としてお茶に口を付けるカイルをしばらく眺めた後、愉快そうに口元を歪めた。
その笑顔はさわやかな類の物でなく、よからぬ企てを思いついた悪人に近いものだった。
父の性格を知るサリアは、その笑顔に底暗いものを感じて「ひぃっ!」と縮みあがっていた。
サリアの心情を知らないカイルは「下心ありますよ」的な笑みを浮かべるガブリエフに気圧されつつ、どうにか笑顔を保っていた。
「お役に立てたのなら何よりです」
そう告げて微笑んだガブリエフは、通常使用に戻っていた。
カイルは、ガブリエフの笑みが底暗い笑みでなくなったのに胸を撫でおろした。
そのカイルに、ガブリエフは「そう言えば」と話しかける。
「先ほどのフィーナ嬢の件ですが」
「うん?」
その話は終わったと思っていたカイルは、ガブリエフの話を何気なく聞いていた。
――何の心構えもなく、聞いていた。
「殿下のお側に置かれるのが一番の策かと。
恋仲とでも言っておけば、ルディ殿下も野暮な真似はなさらないでしょうから」
あっけらかんと告げるガブリエフに、サリアは「え!?」と驚きに目を丸くして。
薬茶に口を付けていたカイルは、盛大にむせこんだのだった。




