63.第一王子の側仕え 6
ガブリエフの返事は、カイルは想定内だったらしく、動じた様子はなかった。
「しのぎきれなければ? 圧力をかけてきたら、どうすれば――いいのですか」
語尾に気を付けつつ、話したカイルを、ガブリエフはつと眺めた。
黙して値踏みするように見つめるガブリエフに、カイルは身の置き所のなさを感じていた。
視線に耐えきれず、口を開こうとした時、ガブリエフが先に声を発した。
「あなたはどう思われますか。
どうなされようと考えていますか。
――殿下」
不意を打って敬称で呼ばれ、カイルは息を飲んだ。
宰相と王子でなく、同級生の保護者と学生の立場での会合だったが。
今、この時は第二王子としての考えを聞かれている。
そう思い、カイルは小さく息を飲んで背筋を正すと、自身の考えを口にした。
「アルフィード・エルドと同じく、姉上に仕えるのが無難だろう」
自分の庇護下にとも考えたが、カイルより周囲への影響力のあるオリビアの側にいるほうが、ルディを持ち上げる者達も手出しできないはずだ。
カイルの提言に、ガブリエフも「それが無難だろう」と同意した。
ガブリエフの返事を聞いて、カイルは安心と同時に確信と自信を得た。
カイルは政に明るくない。
派閥関連も「自分には関係ない」と疎かった。
下手を打たないよう、政、派閥関連に目を光らせつつ、どの派閥にも属さないガブリエフの意見を参考にしたかった。
礼を言って席を立とうとしたカイルを、ガブリエフが呼び止めた。
「話とは、その件だけでしょうか」
「そうだが……」
ガブリエフはソファに深く腰掛けたまま、立ち上がる素振りがない。
カイルもソファに深く座りなおした。
「殿下ご自身の件は……」
「私の?」
「近々来られるクレンドーム国については……」
「王女が使節として来られるらしいな。会食に出席するようにと聞いているが」
それが何かと首を傾げるカイルを、ガブリエフはしばらく眺めた後、おもむろに口を開いた。
「急ぎの話と聞いていたので、そちらの件かと思っておりました。
王女様との縁談を検討されているとのお話を御存じでは?」
「縁談? 兄上にか?」
「いえ。カイル殿下にございます」
「私に?」
初めて聞いた内容に、カイルは驚いた。驚いたのはサリアも同じだった。
「しかし、兄上を差し置いてなど――」
第一王位継承者であるオリビアの伴侶選定は、厳正に厳正を重ねられる。
オリビアの伴侶決めは先の話になるが、王族は年の順に婚約者を得る慣例となっていた。
ルディには未だ婚約者がいない。恋仲の女性の話も聞いていない。
順番から言えば、ルディに先に縁談が行くはずだが。
「王女はカイル殿下と年が近しいからふさわしいだろうとの話が出ています。
……ルディ殿下周辺の者が言いだしたようです」
ガブリエフも「ルディを次期国王に」と推進する派閥を知っている。
クレンドーム国の使節来訪と縁談話は、向こうの国から打診があったとのことだという。
国政が絡む緊急的婚姻ではないので、本人の意思を尊重すると言うが、だからと言って「初めからそのつもりはない」などと無下にもできない。
「そうか」と答えつつ、カイルは困惑していた。
「殿下。断られてもよろしいのですよ?」
告げるガブリエフに、カイルは驚きを深める。
「そなたも知っているのなら、決まったことなのだろう? 断るなど――」
できないだろうと続けようとするカイルに、ガブリエフは緩く首を横に振った。
「決まってはおりません。ルディ殿下の周囲の者が声を上げているだけです。
確かに、年齢はカイル殿下の方が近いのですが、殿下がはっきりと断れば無理は押し通せません。
――私の独り言と致しましては、断って頂きたく存じます」
告げるガブリエフに、カイルは更に驚いた。




