62.第一王子の側仕え 5
◇◇ ◇◇
宰相、ガブリエフ・スチュード。
カイルも名は知っていたし、顔も見知っているが、きちんと話したことはこれまでなかった。
多忙なガブリエフだったが、娘であるサリアからの頼みで、数日後には面会が叶った。
話題はフィーナに関して。
ガブリエフはカイルからの面会を承諾した折、限られた時間である他に、一つ条件を出した。
「サリアの父としてなら急用に応じる」……と。
ガブリエフは一生徒の保護者として、カイルはセクルト貴院校の生徒として。
カイルはそうした対応を求められたのだ。
カイルは二つ返事で承諾した。
ガブリエフの申し出は、カイルの懸念を想定していると思えるものだ。
ガブリエフの要請で、セクルト貴院校の来客室を借りての面会だった。
ガブリエフが自身とカイル、両方の立場を考えて申し出たのだと、後で気付いた。
娘がセクルトに在籍中なので、ガブリエフがセクルトを訪問しても、おかしくはない。生徒であるカイルがセクルトにいるのは普通のことだ。
二人の対談が人に知れないように、知れても結託しているのではないと示すために、サリアも同席している。対面のためだけでなく、サリアも事情を聞いていた方がいいだろう。その想いもあってのことだった。
サリアとガブリエフ、二人並び座る向かい側のソファに、カイルは座っている。
間には応接台があり、サリアが人数分の薬茶を用意した。
馴染みある香りと味から、フィーナ手製のものだと、カイルはわかった。
ガブリエフは興味深げな表情をのぞかせて「また味が違うな」とつぶやいていた。
フィーナの薬茶は知っているが、数種類ある薬茶を娘と楽しむ時間がないほど、多忙のようだ。
カイルはフィーナがルディの伴魂の世話係となった経緯と現状を話すと、ガブリエフに問いかけた。
「フィーナの件、どう思われますか。フィーナはどう行動をとればいいと思われますか」
揶揄するでもなく、遠回しに尋ねるでもなく、直球で問うたカイルにガブリエフは小さく眉を動かし、サリアは慌てた。
「ちょっと、カイル――殿下」
同席するガブリエフの手前、いつものように名を呼び捨てにすることもできず、敬称を付ける。
娘であるサリアは、ガブリエフの気性を心得ていた。
ガブリエフは浅慮を嫌う。
後先考えない言動をとる者、判断を人任せにし、結果が悪いと文句を言う者も同様だ。
自身の考えを述べず問うたカイルは、ガブリエフの気分を害する類のものだった。
制するサリアを「時間が惜しい」と一瞥して、カイルは続けた。
「貴殿は中立であると聞いている。その立場から見て、フィーナをどう思う――どう、思われますか」
カイルが話している途中、ピクリとガブリエフの眉がつり上がった。側にいたサリアが、カイルに向かって声なく口を動かし、口を指さす素振りをする。その様子から口調を言われていると気付いたカイルが、言いなおした。
今日は宰相と王子ではなく、保護者と生徒の立場で対面している。
目上に対しての態度を求められたのだ。
それを確認して、ガブリエフは口を開いた。
「伝え聞く本人の意向から考えると、危ういでしょう。
エルド嬢は権威も役職も金銭も求めていないのでしょう?
だが目をつけたのは、それらに重きを置く者達。
どう行動を取ればよいか。
答えろと言うのなら『しのげ』としか言えませんな」
「そんな――」
思わずつぶやいたのはサリアだ。
ガブリエフと対面の場をカイルが求めた時、カイルが何を話したいのか、予想できた。
二人の話の中で、打開策が見つかると思っていた。