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猫と月の夜想曲~猫に転生した異世界転生者は脇役です~  作者: 高月 すい
第一章 魂の伴侶
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25.シンとリーサスの攻防劇


「ぜひ騎士団に入って下さい!」


「え、やだよ」


 前のめり気味に顔を輝かせるリーサスに、シンは気圧されつつ反射的に答えていた。


 そう、はっきりと断ったはずなのだ。


 断ったはずなのだが。



       ◇◇          ◇◇



「やっとお会いできました!」


 時折、気が向いたときにふらりと足を運ぶ小道具店に、その少年はいた。


 夜の帳が落ちて、通りは街灯の明かりで仄暗く、夜空には星が瞬いている。


 そんな刻限に似つかわしくない年頃の少年は、入店したシンを見つけると顔を輝かせて駆け寄ってきた。


 シンは栗色の短髪、空色の双眸という容貌である。


 中肉中背、衣服もシャツにベスト、ズボンに革靴とシンプルな洋装に身を包んでいた。


 店主がくゆらす煙草の煙か、何かしらの商品からの煙か、はたまた客が口にする煙草の煙か。


 新品から中古品、骨とう品など、多岐に渡る商品を扱う小道具店の店内は、いつも薄暗くけぶった情景の中にある。


 下卑た嘲笑が似合う場所に不似合いな、爽やかな笑みを浮かべて駆け寄ってくる少年に、シンは後方を振り返った。


 自分にではなく、後ろにいる人物に用があるのではと思ったのだ。それほど毛先にクセっ毛がある金髪の少年に心当たりがなかった。


 後方を確認しても人影はない。


 どうやら自分に用があるらしいと思いつつ、記憶を探るが少年の名前を思い出せないし、面識があった覚えもない。


 人違いではないのか?


 そう思って、直前まで少年と対面していた店主に視線を向ける。


 店主は小さく息をついて「お前さんに用があるんだと」と少年がシンを捜して待っていたのだと告げた。


 なぜ自分を捜していたのか。


 疑念とわずかながらの警戒を見せるシンに、少年は嬉々とした表情で自己紹介を始めた。


「リーサス・ベルーニアと申します! 先日、あなたが披露された武芸に感銘を受けました! 御指導頂けないでしょうか!」


 後ずさりしたシンに構わず、少年はずいと身を乗り出してくる。


 状況に思考が追い付かず「……え~と……」としばし考え込んだシンは、店主に顔を向けた。


「……誰?」


 名は名乗っているが、どのような人物なのか、はっきりしない。


 付き合いのある店主ならシンの疑問も汲んで答えてくれると思ったのだが、店主も少年の素性を理解できないシンに呆れていた。


「ベルーニアといやあ、名の通った貴族様だよ。中枢にも入り込んでるし、商売も手掛けてる」


「『中枢に』は語弊がありますが」


 そう告げたのは、少年の側にいた青年だった。


 兄なのだろう。少年と同じ癖のある髪色、若草色の双眸。


 彼は苦笑交じりに「落ち着け」と少年を諌めてシンに向き合った。


「兄のディルク・ベルーニアと申します。突然申し訳ございません。少々、お時間を頂けないでしょか」


 弟は興奮激しくまともな会話が無理なのでは。との危惧を感じるほどだったが、兄の冷静さに、こちらとはまともな話ができそうだと安堵して、シンはディルクの申し出を受け入れた。


「兄上! 私は大丈夫です!」


「すみません。眠気もあって、気がたかぶっているようで」


 リーサスの言葉に、ディルクが謝罪を申し出る。


 言われてみれば、リーサスはどこか視点が定かではない。それが眠気によるものだとわかれば理解できた。


「多少眠気はあるが話はできるので」


 そう告げたディルクに従い、リーサスの話を聞くことにする。


 リーサスはシンが盗人を鮮やかに投げ飛ばした時のことを熱弁した。


「ああ。あのときか」


 この店の客を投げ飛ばしたことはそうないので、覚えている。


 二月ほど前の話だったか。


 思い出してふと、シンは気になったことを口にした。


「もしかして、通い詰めたのか?」


 ――「やっとお会いできました!」


 顔を合わせるなり、叫んだリーサスの言葉を思い出す。


 名の通った貴族が、いつ出奔するとも限らない輩を、来るか来ないかもわからない場所で待ち続けていたのか?


 シンの言葉に、ディルクが苦笑交じりに「私や兄が同行できるときに限りましたが」と返事をする。


「さすがにこの時間、子供一人で外出はさせれませんから」


 と、苦笑交じりのディルク。


 時間の都合がつけば出向いていたのだろう。


 シンと接触を持ちたくて、店主にシンの素性を尋ねるも、店主も「時々来る客の一人」としかわからなかった。


 そこで店主に許可をとって、店で待ち続けることにしたのだ。


「店に来たら、連絡すると言ったんだがな」


 店主の申し出を、リーサスは断ったと言う。


「少しでも早く会いたかったので」


「急ぎの用か?」


 尋ねるシンに、リーサスは「はい!」と顔を輝かせた。


「私に武芸を教えてください!」


「……はい?」


 思ってもないリーサスの言葉に、シンは目を点にした。





「先日、あなたが披露された武芸を、ぜひ教えていただきたいのです!」


「……えーと?」


 聞き違いではないだろうか。


 思って兄に目を向けて確認すると、ディルクも「こう言ってきかないのですよ」と苦笑する。


「騎士なんだろ? 庶民から教わることなんてないだろ。訓練も受けてんだろうし」


「しかし、この前のような武芸、見たことありません。

 私なりに調べてみましたが、誰もわからず、どの文献にも載っていませんでした」


「騎士は剣術が基本です。武芸も、剣を手放した状況を想定して多少訓練がある程度なのですよ」


 リーサスの言葉を兄が補足する。


「それにしてもだ。騎士様が庶民に教授願うってどうかと思うが」


「シン」


 貴族であるディルクとリーサスに、敬語を使わないシンを、店主が咳払いをして注意を促す。


 振り向いた当人は店主の意図に気付かず首を傾げ、店主の意図に気付いたディルクが「気になさらずに」と苦笑した。


「頼んでるのはこちらなのですから」


「そうです。私の方が頼んでいるのですから、気にすることはないのです」


「えっと。ごめん。弟君の言っている意味、多分違うと思う」


 店主とディルクのやりとりから、言葉づかいに関してだと何となく察しはついたのだが、それに絡んでくるリーサスの言っていることが、もはや意味不明だ。


 それからが長かった。


 断り続けるシンに、言葉を変えて引かないリーサス。


 次第にシンは訳がわからなくなってきた。


 引き受けられない。


 その確固たる一念で断り続けているが……なぜだ。


 話に終わりが見えてこないのは。


 二人のやり取りを聞いていた店主が、気の毒そうに息をついて、シンに声をかけた。


「諦めろ。ベルーニアに見込まれたら逃げられんよ」


 ベルーニア家には、周囲から囁かれている気質がある。


 一つは珍しい伴魂に目がない事。保有欲はなく、接点があれば満足できるという。


 もう一つは、家人それぞれが興味をもった事に対し、飽くなき探求心を発するということ。


 ……言いかえると、興味を持ったことには、とことん向き合う。


 時にはしがみついて離れない。


「わかった」


 引き下がらない上に、あれやこれやと言葉を変えて話してくるリーサスに毒されていたのだろう。


「三日。三日間だけなら教える」


 そう言ってしまった。


 シンの言葉に顔を輝かせたリーサスが、お礼を告げる間もなく、崩れるようにその場倒れこんだ。


 それを見越した兄が、倒れそうになる体を受け止めて支えた。


 リーサスは笑みをたたえた顔のまま、兄の腕の中で健やかな寝息を立てている。


 弟の寝顔を確認したディルクは「安心したのでしょう」と苦笑混じりに告げた。


 それから、ディルクと都合のつく時間と場所を申し合わせて別れた。


 店を後にしたベルーニア兄弟を見送った後、疲労困憊となったシンは、店のカウンターにつっぷした。


 何がどうなったのか。未だに把握できていない。


 少し離れた場所からやり取りを見ていた店主は、同情の眼差しをシンに向けた。


「ベルーニアには約束を違えるのも無理だからな。出費など気にせず、どこまでも追ってくるらしいぞ」


 通常は、金銭勘定に厳格なベルーニア家だが、こと自身の興味の赴く事柄に関しては、赤字を厭わない。


 それぞれ個人が受け持てる赤字の範疇内が暗黙の了解らしい。


 約束を違えることも難しいと聞いて、シンは悲嘆にくれた顔を店主に向けた。


 目があった店主は「だから言ったろう」と嘆息する。


「ベルーニアに見込まれたら、逃げられん、と」


 見込まれてしまった今現在。逃れられないのだ。


 それでも、この時はまだ「少し教えればいいだけ」と思っていた。


 騎士がどのような体術を体得しているか知らないが、ちょっとしたものを教えれば好奇心を満たせると思っていた。


 ……飽くなき好奇心を交わしきれず、騎士団の面々と対面(リーサスとディルクとの話の流れから)、なぜか騎士団を取りまとめる長のオリビアとも対面、そしてなぜか騎士団に所属する流れとなっていった。


(……ん?)


 気付いた時には時間制限付きの、少々変わった騎士として、オリビアが統率をとる騎士団の一員となっていた。


 冒頭のやりとりを繰り返して、断り続けていたはずなのにだ。


 顔を両手で覆って俯きながら、シンは考える。


 何度も何度も。断ったはずなのだ。


 なのになぜ、騎士団に在籍しているのだ。


「よろしくお願いします!」


 嬉々として自分を「師」と仰ぐリーサスを目の当たりにしたシンは、胸の内にくすぶる苛立を押しとどめることができず、気付いた時には嫌がらせを行っていた。


 両の手でむんずと諸悪の根源たるリーサスの頬を掴み、左右にぐいっと広げてみる。


「いた、いひゃいです」


 リーサスは頬をひっぱられてうまく喋れず、つねられた痛さに顔をしかめている。


 つねった頬をぐりぐりと回して、少々の憂さ晴らしを果たしたのだった。





シンが騎士団に入った経緯です。

お店で盗人を投げ飛ばしたのを、リーサスが感激したところから、騎士団に入団がほぼ確定してました。


後々、書きますが、常駐ではないです。


要請があった時に出向くくらいかな?

けど、絡みは多いかな?

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