56.王の子の事情 9
逆にサリアには普通に話し、カイルには敬語や「殿下」と呼ぶフィーナに違和感を覚えたほどだ。
同年代で忌憚なく話を出来る存在は、フィーナとサリアが初めてで、変に気を使わずにすむ関係が、カイルには心地よかった。
スーリング祭では、ルディから思わぬ叱責を受けた時、フィーナに助けられた。
カイルは幼いころからルディに畏怖を感じていた。
想定外の叱責を受けると、体が委縮してしまう。
スーリング祭でルディからの非難を受けた時も、体が硬直して、頭が真っ白になっていた。
そんなカイルの手を、フィーナは握り締めた。心情は知らなかっただろうが、気遣うフィーナに、カイルも気を取り戻してルディに答えられたのだ。
クラスメイトとしてのフィーナは、想定外の事項を起こす頭を悩ませる存在だったが、同時におもしろくて目が離せない存在でもあった。
フィーナは自分の言ったことは忠実に守った。そうした信念も見受けられた。
否を認めれば素直に謝り、他人の称賛すべきものには率直な賛辞を送った。
裏表ないフィーナの行為は、カイルの興味をひいた。
貴族籍の人間と接する時は、裏の思惑を常に考え注意している。
そうした注意をせずにすみ、片肘をはらない気楽さを、心地よく感じていた。
――そして。
アールストーン校外学習で。
自分を庇ったフィーナを見た時。
――あの時。
自分の気持ちを、自覚した。
ただ単に、人の死を目にするのが恐ろしかったのではない。
フィーナという存在が消える――。
恐怖と絶望と――奪われた怒りを。
それらの感情を、カイルは身の内に抱いた。
友人に対して抱く感情と異なると、感じてはいた。
感じていたが、その後も気付かないふりをしていた。
その感情が何か。
――わかっている答えを認識したところで、つらいだけだとわかっていた。
気付いているが認めない。
気付いているが、その感情に関して考えない、フィーナのことも、必要以上に考えない。
無意識のうちにそうしてやりすごしていたところで、アールストーン校外学習事件に関する話の場が設けられた。
フィーナの立場が危ういと知ると、自分に出来ることは何でもしたいと思った。
(「お姉ちゃんにも、迷惑、かかちゃうもんね」)
フィーナにそう、言われて。
フィーナが口にするまで、アルフィードの危険を全く考え付かなかった自分に、カイル自身驚いた。
驚いて、困惑した。
アルフィードへの思いと、フィーナへの思い。
二人への思いに混乱しつつ――結局、その感情について考えないように過ごしていたところへ、今日のルディの訪問だ。
目の前で、ルディに手を引かれて連れて行かれたフィーナを見て。
――胸を締め付けられる思いを感じて。
近寄りがたく、けれど兄として慕いたいルディの態度への衝撃はそれほどなく。
それより。
フィーナを見て、顔をほころばせたルディ。
フィーナの手をとって連れて行ったルディに衝撃を受けた。
――自覚するには、それで十分だ。
(――フィーナ……)
胸の内で名を呼ぶだけで、彼女を考えるだけで、胸が熱くなる。
フィーナを異性として好意を持っていると、はっきりと自覚した。
自覚したら自覚したで、ルディとフィーナの行動を思い出すと、胸が苦しくなる。
フィーナの顔も、まともに見れなかった。
アルフィードと新人騎士のやり取りを見た時は、衝撃を受け、困惑したが、仕方ないと諦めがあった。
だが。
フィーナに関しては……。
(嫌だ)
フィーナが他の誰かとなど、考えたくもない。
カイルの気持ちです。
もう少し続きます。
アルフィードへの思い、フィーナへの思い。
気持ちの変遷をわかっていただければと思っています。




