55.王の子の事情 8
自分の伴魂を美しいと――綺麗だと。
顔をほころばせて褒めてくれたことは一度としてなかった。
通常、伴魂は親が用意する。
王の子の場合、公平を期して母が用意するのが常だった。王の承認を経て、伴魂契約に至る。
用意したのは母上だ。
なのになぜ。
なぜ……なぜ。
(伴魂を、認めてくれない――)
アルフィードとの関わりの中で、母の伴魂に対する態度を、薄々察するようになっていた。
そうした経緯を経て、カイルはアルフィードに恋心を抱いていると、自分でも思っていたのだが……。
今になって、そうではなかったと思い至る。
カイルの伴魂に素直な賛辞を贈ってくれた人。
初めて伴魂を手放しに褒めてくれた人。
――認めてくれた人。
カイルはアルフィードを、姉のような……母のような。
包み込んでくれる存在として見ていたのだ。
幼い子が母に恋する、そんな思いをアルフィードに抱いていたのだと……今になって思い至る。
オリビアを姉としても王女としても敬愛しているが、彼女も母と同じく、どこか一線を画す存在だった。
兄ほど辛辣ではないが、どうしてもというときに忠告をする。初めは遠回しに、効果なければ直接的に。
注意はするが、褒めてくれたことも、認めてくれたこともなかった。
オリビアはルディに倣ってカイルと接していた面もある。
オリビアにとって、自分より年長者であるルディは一つの手本だ。対応が最良か愚策かも、オリビアの年齢では気付けないものだった。
ただ、自分がされたことと同じように――けれど、されてつらかったことは極力、カイルにしないように――カイルに接していた。
カイルはオリビアにも、甘えた態度をとることはなかった。
そうした状況もあって、アルフィードに、姉母に近い感情を抱いていたのだ。
そう思えたのは。
――本当の意味での恋心ではなかったと、思うようになったのは。
アルフィードに対する思いとは異なる好意を抱く相手がいるからだ。
(「……誰?」)
初めてセクルトで対面した時。
自分を知らなかったフィーナ。
眉をひそめて、フィーナにとっては理解不能だっただろうカイルの啖呵に、そうつぶやいた。
カイルはそれまで、単独行動や公の場を除いて、自分を知らない相手と接したことがなかった。あの時も、少し離れていたが護衛騎士二人が控えていた。
カイルを知らないなど、ありえないことだった。
その場はザイルに諌められたものの、後で事の重大さに気付いて、平謝りしてくるかと思ったが、それもない。
日常生活を送りつつ、極力、フィーナと接しないようにし、どうしてもというときは、形式的な応対をとっていた。
(「できるわけないじゃない!」)
スーリング祭のダンスの練習で、まともに踊れないフィーナを非難した時、我慢の限界に達したフィーナに、そう怒鳴られた。
王族に対する対応とは思えない言動に面食らっているところへ、セクルトの理念『身分の違いは関係なく、同学年同士対等』を告げられた。
ぐうの音も出なかった。
セクルト貴院校は過去の王族が設立し、理念も過去の王族が律したものだ。
それを子孫にあたるカイルが反故するわけにもいかず、しばらくは苦い思いを噛みしめていた。
――そんな思いも、スーリング祭の準備を続ける中で、気持ちが変化していった。
セクルトの理念を掲げたフィーナは、カイルにも他の生徒と同様の対応をとっていた。
フィーナと幾度となく喧嘩して、意見を衝突させつつサリアの意見を聞き入れつつ。
そうしながら、いつしかフィーナはカイルに敬語を使わず話すようになっていた。カイルは不思議と不快には思わなかった。
長くてすみません。
過去振り返りが多いですが、カイルの心境の変化がわかってもらえればと。
これまで書いていなかった、カイルの家族関係が多いですね。