53.王の子の事情 6
ルディ本人も周囲も、権威に準じる節がある。
その面々の中で、興味本位でフィーナが取りたてられたら、一庶民でしかないフィーナは気分次第でつぶされる可能性は大いにあり得る。
そうした状況を、サリアは危惧していた。
サリアの心配は、カイルも想像できた。
それはないだろうと、カイルは思っている。
――興味本位で取り立てたりはしないだろう。
兄の気概、性格をカイルは知っている。
その点は心配しなくてもいい。
……そう話せればいいのだろうが、カイルには言えなかった。
ルディが取り立てるのならば、興味本意ではない。
重用したい。
そう、本気で思った時だ。
側に置く時は自分の考えを押し通すのではなく、周囲を納得させた上で成されるだろう。
フィーナにはハードルが高すぎてありえないと思いたいが――断言できないのは、昼のルディとフィーナのやり取りを目の当たりにしているからだ。
カイルに目もくれず、誰か探していたルディ。
フィーナを見つけると、嬉々として顔をほころばせた――。
厳格な兄と思っていた。
その兄とは程遠い表情を、フィーナに向けていた。
ざわり、と背筋が粟立つ不快さを感じた。
目の前から攫われるように連れて行かれたフィーナを、反射的に呼び止めようとしたが。
――声は喉奥で留まり、体は微動だにしなかった。
フィーナが途方にくれていたのは、カイルにもわかっていた。
なのに。
何もできなかった自分がふがいなく、自分自身が苛立たしくてならない。
同時に――カイル自身、自分の感情を持て余していた。
……薄々、気付いていた。
少しずつ、フィーナに対する感情が変化していたことに。
気付いてはいたが、カイル自身、どういった類の感情になるのか判別できず、考えないようにしていた。
(アルフィード様……)
フィーナの姉であり、自身の姉の側仕えであるアルフィード。
彼女に淡い恋心を抱いていると、カイル自身、自覚していた。
自覚していたが、思いを伝えることも、成就させようと考えたこともなかった。
思いを告げるだけでも、アルフィードに負担を強いるとわかっていた。
彼女を困らせたくはなかった。迷惑をかけたくなかった。
密かに思い続けるだけでいい。
いずれ、この思いも穏やかな信頼に変わるだろうと、自分自身を思い込ませていた。
――オリビアの騎士団で目にした、アルフィードと新入りの騎士とのやり取りには、まいったが。
穏やかな気性だと思っていたアルフィードが声を荒げ、言い争い――けれど、相手へ向けた切なげな表情は、彼女の思いを露わにしていた――。
これまで見たことのないアルフィードに驚いた。
驚きながら、フィーナが話していたアルフィードを思い出し、符合した。
フィーナが目にするアルフィードは、家族に対する姿だろう。
気を許し、信頼している相手に向けるものだ。
そうした態度を新入り騎士にとっているのに――。
(自分に、向けられたことがない)
わかっている。
王族の人間に、軽々しい態度がとれるわけがないと。
わかっている。
オリビアと自分は違うのだから――本音で話をできるほど、親しくないのだから。
わかっている。
新入りの騎士は、アルフィードと同じ市井出身者だから、貴族籍に対するような過度な礼儀作法が必要ないのだから。
わかっている。
わかっているが――。
唐突に、足元が崩れる、心もとない感覚に襲われた。
これまで思っていたことが違ったのだとつきつけられて、困惑した。
カイルの気持ちです。ちょっと長くなります。